クリムト 《接吻》の魅力   クリムト・黄金にきらめくエロス(NHK)を見て 

2009年8月13日に放送された「クリムト・黄金にきらめくエロス」(NHK)を見ました。

この番組によるグスタフ・クリムトの《接吻》の分析は、作品の表面的な華やかさの背後に潜む、深い情感と時代背景、そして技術的な完成度にまで言及しており、非常に多角的な視点を持っています。

クリムトが《接吻》で金をこれほど多用した背景には、単なる装飾性を超えた「神性」や「超越性」の象徴があります。

ビザンチン美術に学んだとされるように、金は永遠性や霊性、天界の光を表す色であり、聖なるものの背景として伝統的に使われてきました。

しかしその金の中に描かれているのは、あくまで「普通の」男女です。神聖な金の海に包まれながらも、彼らは孤独を帯びた、閉じられた世界にいます。

この対比が、「愛の絶頂=世界との断絶=孤独」という矛盾を象徴しているのです。

愛の頂点に達した瞬間、彼らは世界から切り離されてしまう——それが「孤独の愛の叫び」として感じ取られるのでしょう。

「四角い文様は男 丸い文様は女」という説明は、装飾が単なる美しさ以上の象徴を持つことを示しています。

男性は直線的、女性は曲線的——この区別はアール・ヌーヴォー的な性の象徴化でありながらも、二人の身体が衣の中で一体となっていく様子は、性の融合、つまり「愛による完全性」への到達を示しているように見えます。

それでいて、女性の表情にはどこか「諦念」や「陶酔」があり、幸福感と同時に、どこか別の次元へと入り込んでいくような静けさがあるのも印象的です。

クリムトは金細工師の家に生まれ、技術的な素養を持って育ちました。

《接吻》に見られる金箔の扱いや模様の配置には、西洋絵画の画家というより、日本や中東の工芸家のような細密さと意匠の洗練があります。

とくに「真珠のような大小様々な金箔」が無数に散らされる技法は、平面的ながらも絵に深い奥行きと神秘性を与えています。

東洋と西洋、聖性と世俗、装飾性と象徴性が混ざり合うこの絵は、まさに世紀末ウィーンという文化の坩堝(るつぼ)で生まれた象徴主義の頂点とも言えます。

とりわけ背景に見られる「屏風」的な構図や金地の扱いは、琳派や俵屋宗達など、日本美術の繊細な美意識との親和性を感じさせます。

《接吻》は一見、黄金のきらびやかな愛の讃歌に見えますが、その実、そこに描かれているのは「愛ゆえの孤独」「世界から隔絶された二人の閉ざされた宇宙」です。

視覚的には美しく官能的でありながら、精神的には深い静けさと距離感を伴っており、そのギャップこそが、私たちの心に残像のような不安や畏敬を残すのだと思います。

まさにこの作品は、「装飾の極致にして、孤独の極致」とも言えるでしょう。