フェルメール 《牛乳を注ぐ女》の魅力 日曜美術館「ようこそ フェルメール部屋(ルーム)へ」を見て
2018年11月11日に放送された日曜美術館「ようこそ フェルメール部屋(ルーム)へ」を見ました。

フェルメールの《牛乳を注ぐ女》は、17世紀オランダ絵画において、風俗画の革新と静謐な美の極致を示した傑作です。
この絵は、一見すると「日常のひとこま」を描いただけのように見えますが、その背後には極めて深い観察と芸術的哲学が息づいています。
フェルメールの視線は、感情や宗教的ドラマ性から離れた、まるで科学者のように冷静で中立的な観察者のまなざしです。
「牛乳がねじれながら滴る一瞬」「流れ続けるような視覚」――これは時間の断片ではなく、時間の連なりを画面上に封じ込めた試みです。
過去・現在・未来を含んだ「幅のある時間」を感じさせる点において、まさにフェルメールは“日常”に“永遠”を見い出したと言えるでしょう。
それまでの絵画は、王侯貴族や教会の注文で描かれる宗教画・歴史画が主流でした。
しかし、フェルメールは市井の人々の営みをテーマとした風俗画へと移行しました。
彼ら(市民)が求めたのは、自分たちの暮らしの中の“美”。
フェルメールはこのニーズに応え、日常生活の一瞬一瞬を崇高な芸術にまで昇華させたのです。
部屋の床、壁の釘、銅製のバケツ、パンのかご、足温器……そうした細部までも緻密に描き込み、生活感が立ち上がるようなリアリズムがそこにあります。
しかし一方で、柔らかく拡散する光やミルクの粒子のような描写は、絵全体を神秘的で詩的な静けさで包み込んでいます。
フェルメールは、「生活の断片」を「祈りのような静寂」に変えたのです。

ラピスラズリを用いた彼の「青」は、鮮やかでありながらも幻想的ではなく、現実に根差した色彩です。
「青」は遠くのもの、冷静なもの、沈黙を象徴する色とも言われますが、フェルメールの青は沈黙の中に存在する真実を照らすかのようです。
フェルメールは、焦点深度の浅い描写や、柔らかくふわーとした光の表現を用いた。その意味で、フェルメールは、光そのものを“描く対象”にした先駆者だったと言えます。
《牛乳を注ぐ女》は、誰もが見逃してしまいそうな日常の一瞬に、永遠の価値と存在の尊厳を与えた作品です。
家事に励む無名の女性が、まるで聖母のように感じられるのは、フェルメールのまなざしが彼女に「名もなき存在の尊さ」を与えているからです。
日常のなかに神聖を、沈黙のなかに詩情を、細部のなかに宇宙を。
それが、この絵の最大の魅力であり、今日まで世界中の人々を魅了し続けている理由なのだと思います。