伊藤若冲の《貝甲図(ばいこうず)》の魅力

2018年12月1日に放送されたテレビ番組 「天才絵師 伊藤若冲 世紀の傑作はこうして生まれた」(放送局:BS TBS)を見ました。

若冲の魅力を次の五つのキーワードで説明しています。

①極彩色の彩り。

②神業と言われる細密さ。

③緊張感の中に秘める躍動。

④主役不在。

⑤ぬぐいきれない奇。

そこで、伊藤若冲の《貝甲図(ばいこうず)》の魅力を、五つのキーワードに沿って分析します。

分析に際して、2010年1月24日に放送されたテレビ番組 「夢の若冲・傑作10選」(放送局:NHK)も参考にしました。

 

 

①極彩色の彩り― 宝石のような視覚体験

《貝甲図》は、一見して目を奪うほどの鮮烈な色彩に満ちています。

あさりやしじみ、オウムガイなど、全て異なる種類の貝が、それぞれに異なる色合いや模様を帯び、まるで絵巻の中に撒かれた宝石のように、画面を埋め尽くします。

この色彩は単なる装飾ではなく、実物の観察にもとづくリアリズムと、若冲独自の美意識の融合です。極彩色でありながら、どこか抑制があり、全体としての調和を失わない構成は、江戸の色彩感覚の極致とも言えるでしょう。

 

②神業と言われる細密さ― 博物学と美術の融合

若冲は、種類が特定できるほどの緻密さで一つひとつの貝を描き上げています。

その筆致には、肉眼では捉えきれないような模様や質感の再現が見られ、絵でありながら、まさに図鑑のような精度を持っています。

しかも当時は、ヨーロッパの博物学が日本に断片的にしか伝わっていない時代です。

若冲は自然観察の積み重ねと、美術の技巧とを独力で統合し、絵画としても科学資料としても一級の成果を生み出しました。

 

③緊張感の中に秘める躍動― 静と動のはざま

静物画でありながら、《貝甲図》にはどこか緊張感と躍動があります。

画面全体には整然としたリズムがある一方で、貝殻のひとつひとつは異なる方向を向き、異なる動きを暗示しています。

これは、単なる「配置されたモノの羅列」ではなく、海辺で打ち寄せられた生の痕跡として描かれているからでしょう。

まるで次の瞬間、風に吹かれて貝殻が転がり出すかのような臨場感が潜んでいます。

 

 

④主役不在― 主従を超えた全体美

この絵には、「中央に主役」がいません。

見る者の目は画面全体をさまよいながら、どこにも焦点を定められず、しかしどこにいても美しさに出会うという構造です。

これは若冲の実験的構図感覚であり、また自然の中にはヒエラルキーがないという思想の表れでもあるでしょう。

すべてが主役、すべてが等しく尊く美しいという、東洋的な自然観にも通じています。

 

⑤ぬぐいきれない奇― 若冲的“異界”の香り

《貝甲図》にはどこか異様なまでの美が漂います。

細密で写実的なのに、どこかこの世のものではないような違和感があるのです。

それは、まさに若冲の代名詞とも言える「奇」の感覚です。

自然を忠実に写すことで、かえって自然を超えてしまう――その超現実的な世界観は、ただの博物画や風俗画では到達しえない次元にあります。

この「ぬぐいきれない奇」こそが、若冲が“天才絵師”と呼ばれる理由のひとつです。

 

【総括】

《貝甲図》は、極彩色の中に緊張を含み、細密さのなかに異界を宿し、主役なき群像の中に自然の神秘を凝縮した作品です。

伊藤若冲が目指したのは、単なる「写生」ではなく、“命ある自然”そのものを芸術の中で再生することだったのではないでしょうか。