美の巨人たち ヨハネス・フェルメール「地理学者」を見て
1669年、ヨハネス・フェルメール作「地理学者」
『まず何に注目すればいいのか。
フェルメールといえば、光と影を自在に操った光の画家。
窓から差し込む光の先にあるものとは、まず、中央の男、そして、机の上の地図に床の地図、棚の上に置かれた地球儀壁に掛けられた地図にも、光が当たっています。
どうやら最大のヒントは地図のようです。
スペインからの独立を果たした17世紀。
オランダはまさに黄金の時代を迎えます。
世界初の株式会社オランダ東インド会社が誕生し、それまでのスペイン、ポルトガルに代わり、七つの海に繰り出し、オランダは一躍世界の大国となるのです。
この黄金時代を支えたものこそが地図でした。
今日の一枚の壁の地図は、ヨーロッパ。
地球儀はインド洋を示していると言われています。
それはまさにこの時、世界の海を制していたオランダ繁栄の象徴でした。
未知の土地の、未知なる富を求め、喜望峰を超え、インド洋を渡り、東の果ての日本まで。
そして、フェルメールは冒険の末に得たはるか極東の島国の富も、この絵の中に絵かき混んでいました。
実は、地理学者が来ているのは日本の着物だと言われているのです。
地理学者と天文学者。どちらも近代科学という武器を手にした学者が、未知の世界へ挑む姿。独立したばかりの小国が、黄金時代を築けたのも彼らのおかげでした。
17世紀は、まさに科学が世界を動かした時代だったのです。
航海に出る時は、必ず地理学者や天文学者が船に乗っていました。
彼らは海岸線の地図を描いたり、観測をしたりしながら、航路のナビゲートまで務めていました。
航海に出る。知識を持ち帰る。その知識でまた航海に出る。
こうしてオランダは未曽有の発展を遂げたのです。
男の視線は、はじめは下の地図を見ていました。
ところが、視線を窓の方に向けると、たちまち印象は変わります。
フェルメールは視線一つでまんまと我々を想像の世界へ引き込んだのです。
それは、我々を未知なる世界へと誘う道しるべ。
300年以上経った今もなお窓の外の、そのまた遠くへ観る者の想像力とロマンをかき立てるのです。』
番組からも分かるように、フェルメールの《地理学者》は、一枚の静かな絵の中に、17世紀オランダの躍動と人類の知への探求心が凝縮されています。
窓から差し込む柔らかな光は、男の横顔、地図、地球儀、そして床に広がる資料へと導かれ、まるでその光自体が「知」を象徴しているかのようです。
この時代、オランダは小国ながら海を制し、東インド会社によって世界の富を手中に収めつつありました。
その繁栄の原動力となったのが、科学の力――そしてこの絵の主題である「地理学」でした。
地図を描き、星を読み、未知の世界に知識を持ち帰る学者たちは、まさにその当時のグローバル化の原点にいたのだと実感させられます。
また、地理学者が着ている衣服が日本の着物であるという指摘は非常に興味深いです。
遠く離れた東の果て、日本までもがこの男の知的世界に含まれているという事実は、当時のオランダの広がる世界観を象徴しています。
日本という存在も、すでにこの頃、ヨーロッパの知識人の視野に入っていたのです。
そして何より、この絵が見る者に語りかけてくるのは、「未知へのまなざし」。
地図を見つめていた男がふと視線を窓の外へと向けた瞬間、彼の内にある想像力と野心、そして未来への憧れが、見る者の胸にも流れ込んできます。
フェルメールはこの視線の動き一つで、静謐な室内をはるか世界の海原へと変貌させたのです。
この作品は、芸術と科学、そして想像力が一体となって築いた黄金時代の精神を、300年以上を経た今も鮮やかに語り続けています。