美の巨人たち ラファエロ・サンティ「アテネの学堂」を見て
『ラファエロ・サンティ「アテネの学堂」
署名の魔の壁を飾る。幅7.7m、高さ5mの巨大なフレスコ画です。
遠近法を駆使して描かれたドーム状の学び舎を背景に、50人を超す古代ギリシャの賢人たちが集います。
画面中央には歩きながら議論を交わす2人の人物、向かって左は哲学者プラトン、隣に居るのは、その弟子のアリストテレスです。
一つの絵の中で歴史に残るほとんどの偉人達に出会える、時代を超えた知の共演です。
絵画に科学的な手法を取り入れたレオナルド、肉体の忠実な描写に魂を注ぎ込んだミケランジェロ、そして聖母子の画家として名を馳せ、25歳の若さで署名の間を任されたラファエロ、ルネサンスが誇る三大巨匠です。
署名の間の壁画は、ラファエロにとってバチカンでの初仕事。
教皇を直々の発注だけに、意気込みも並大抵ではありませんでした。
その証しが、アンブロジアーナ図書館にあるおよそ300枚もの紙を貼り合わせた巨大な一枚の絵です。
これはあらかじめ線に沿って穴をあけた下絵です。
スピードが重要とされるフレスコ画にとって、下絵はとても重要なものです。
ラファエロは、隣の建物で作業をしていたライバル、ミケランジェロの、聖書の天地創造をモチーフに描かれた稀有壮大な天井画を見て、衝撃を受け、画風を一変させます。
そしてアテネの学堂にも、画家はその強い衝撃を描き込んだのです。
大理石に肘をかける姿は彫刻家の証であり、他者から孤立し、自分の考えに深く入り込む様は、ミケランジェロの特徴をよく表しています。
筋肉の独特の質感や角張った骨格の描写は、明らかに他の人物と違うものです。
これは、単なるオマージュではなく、ラファエロが巨大な壁画の競い合いの中で、偉大な芸術家の技法を自らのものにした証でもあるのです。
ラファエロが残した次の言葉ほど、この絵を象徴するものはありません。
「我らの時代こそ、かつて最も偉大だった古代ギリシャの時代と肩を並べるほど、素晴らしい時代なのだ。」
そして、片隅にえがき込んだ自画像は、確かに、自分もその時代に生きた一人であると。』
番組でも言われていたように、ラファエロ・サンティの《アテネの学堂》は、まさにルネサンス精神の結晶といえる作品です。
絵画の中に、歴史上の偉大な哲学者たちが一堂に会し、知の対話を繰り広げるという構図は、視覚的にも思想的にも壮大で、知の尊厳が力強く表現されています。
プラトンとアリストテレスという哲学の巨頭を中心に据えた構成や、遠近法によって導かれる視線の自然な流れが的確に描写されており、見る者にこの絵のダイナミズムと秩序を伝えています。
また、ミケランジェロからの影響を受け、絵の中に彼を思わせる人物を描き込むというエピソードは、ラファエロの謙虚さと向上心、そしてライバルへの深い敬意を感じさせます。
特に印象に残ったのは、最後に紹介されたラファエロの言葉――「我らの時代こそ、かつて最も偉大だった古代ギリシャの時代と肩を並べるほど、素晴らしい時代なのだ。」という一文です。
この絵は過去への憧憬だけではなく、ラファエロ自身が生きた時代と芸術の未来への誇りに満ちています。
片隅に描かれた自画像も、まるで「私もこの知の交響楽に加わっている」と主張するかのようで、胸を打たれます。
ラファエロは、ルネサンスという「再生(rinascita)」の時代において、古代の知の復活を強く意識しました。
過去に対する尊敬と学びを絵に込めることで、観る者は今もなおギリシャの哲学に触れることができます。
芸術とは単なる美の表現ではなく、時代を超えて知と精神をつなぐ橋であることを再認識させられました。