中国AI最前線──人型ロボットとオープンソースが切り開く「AI技術の民主化」と社会実装の現在
2026年1月14日に放送されたラジオ番組『マイあさ!』マイ!Biz「中国AI先端企業にみる最新技術」李智慧(野村総合研究所エキスパートコンサルタント)(NHK) を聞きました。

1.技術が「実験」から「現場」へ移行した決定的な転換点
番組で語られていた最大のポイントは、生成AIや人型ロボットが、もはや未来像ではなく「現場の労働力」になっているという現実です。
中国の自動車工場で、人型ロボットが生産ラインに入り、荷物を運び、部品を取り付ける――これは「人間を補助する機械」という従来の枠を超え、「社会の構成員としてのAI」が登場し始めたことを意味します。
ここで重要なのは、技術の完成度そのものよりも、社会実装の速度です。研究室の中ではなく、騒音と効率が支配する工場でAIが使われている事実は、中国AIの特徴を端的に示しています。
技術が社会に受け入れられた瞬間、それはもはや技術ではなく「インフラ」になる。
まさにその境界線を越えたことが、この事例から読み取れます。
2. AIエージェント搭載スマホが示す「操作の消失」
12月に発売されたAIエージェント搭載スマートフォンの話は、非常に象徴的です。
アプリを開かず、音声で「これが欲しい」と言うだけで、AIが複数サイトを比較し、最安値を探し、注文直前まで進めてくれる――これは単なる利便性向上ではありません。
ここで起きているのは、
・「アプリを操作する」という行為そのものの消失
・人間が目的だけを語り、手段はAIに委ねる構造への移行
です。
3万台が即完売したという事実は、中国社会において「AIに任せること」への心理的抵抗がすでに低いことを示しています。
これは後述するオープンソースAI文化とも深く結びついています。
3. アリババの戦略転換──EC企業からAI企業へ
アリババの変化は、単なる事業拡大ではなく自己定義の変更です。
アリババは、これまでECを中核に成長してきましたが、今や「AIテクノロジー企業」へと明確に舵を切っています。
特筆すべきは、
・AIモデル
・それを動かす半導体チップ
・ソフトとハードの統合設計
を自社で一貫して担える点です。
これは「部品を組み合わせる企業」ではなく、「知能の設計思想そのものを握る企業」になろうとする姿勢です。
米国に追いつく勢いで性能が伸びている背景には、この垂直統合による最適化があります。
4. 医療AIの現場適応──代替ではなく「橋渡し」
特に印象的なのが、アリババ系のAnt Groupが提供する健康アプリの事例です。
・月間利用者1500万人
・500人以上の専門医をモデル化したアバター
・血圧計などのスマートデバイス連携
・検査結果の写真をアップすると、専門用語を噛み砕いて説明
・正確率95%以上
しかし、ここで強調されていたのは、AIが医師を代替するという発想ではない点です。
利用者の多くは、医療資源が不足する地方都市の住民。AIは「医師の代わり」ではなく、医療機器と知識を届ける媒介として機能しています。
これは非常に倫理的に成熟した設計思想です。
AIは「奪う存在」ではなく、「届かなかったものを届ける存在」になり得る。
この可能性を、実証的に示している好例だと言えるでしょう。

5. ディープシークと「低コスト革命」
一方で、DeepSeekの存在は、中国AIのもう一つの顔を示しています。
・オープンモデルを公開
・低コストで高性能
・米国のクロス型AIに迫る性能
・創業者がNature選定「2025年に科学を動かした10人」に選出
特にB3.1モデルは、「性能競争=資本力」という常識を揺るがしました。
ここで注目すべきは、オープンソースという思想的選択です。
6. AI技術の民主化という思想
・安くする
・公開する
・誰でも改修できる
・特定企業への依存を減らす
これは単なるビジネス戦略ではなく、社会モデルの提案です。
「より多くの人がAIの恩恵を受ける」という発想は、AIをエリートの専有物にしないという強い意志を感じさせます。
7. 感想
この放送が優れていたのは、中国AIを「脅威」や「模倣者」として単純化せず、社会実装・思想・倫理のレベルで描いた点にあります。
中国AIの強みは、
・技術の高さ
・社会導入の速さ
・オープン性と低コスト
・実用に徹する現実主義
にあり、それは同時に「人間中心とは何か」を問い直します。
AIは人間を置き換えるのではなく、人間の届かなかった領域を埋める存在になりつつある。
この番組は、その可能性を恐怖ではなく、冷静な希望として示してくれました。
技術の未来を語るとき、最も重要なのは「どこで使われ、誰に届くか」です。
その視点を失わなかった点で、この回は非常に知的で、誠実な報道だったと感じます。
AIの進化は、社会の倫理観そのものを映す鏡である。
そんな静かなメッセージが、強く心に残りました。
