動物園は何を見せてきたのか――権力の象徴から共生と保全へと変わる展示と思想の歴史
2026年1月10日に放送されたラジオ番組『ラジオ深夜便』明日へのことば「変わる動物園~その歴史と役割~」溝井裕一(関西大学教授)を聞きました。

1.動物飼育の起源――権力と富を誇示するための存在
メソポタミア文明から中世ヨーロッパに至るまで、動物の飼育は明確に権力と富の誇示と結びついていた。
危険な動物や珍獣を手に入れ、管理し、見せることができるという事実そのものが、支配者の財力と人的支配力を可視化していたのである。
動物は生き物である以前に、「力を象徴する存在」として扱われていた。
この視点は、動物園の原点にある暴力性や不均衡を直視させる、重要な歴史的整理だと言える。
2. 革命と近代化が生んだ「公共の動物園」
フランス革命後のジャルダン・デ・プラントへの移行は、そうした「王の私的コレクション」が公共の知へと転換された象徴的な出来事である。
権力者の所有物だった動物が、市民の学びと研究の対象へと位置づけ直される。
この変化は、動物園の誕生が民主主義や近代科学の成立と深く関係していることを示しており、非常に示唆的だ。
3. 日本における動物園の誕生と近代国家意識
日本の上野動物園の成立もまた、単なる模倣ではなく、「研究できる施設を持つこと=近代国家であること」という当時の国家意識を背景としていた点が興味深い。
最初は地味な展示であっても、次第に大型動物をそろえていった過程には、国際社会の中での自己証明という側面が色濃く反映されている。
ここでも動物園は、国の力や文明度を示す舞台だった。
4. 集客と娯楽の時代――人間中心主義の限界
一方で、「いかに客を集めるか」という課題が、動物に芸をさせる、遊園地を併設するといった方向へ向かった歴史は、人間中心主義の限界を浮き彫りにする。
娯楽性を優先するあまり、動物の尊厳や自然な振る舞いが犠牲になってきたことを、溝井氏は淡々と、しかし批判的に語っている。
その後「おさる電車」が虐待と見なされ姿を消した事実は、社会の倫理観が確実に変化してきた証拠でもある。

5. 展示方法の革新がもたらした視点の転換
展示方法の進化――ハーゲンベック動物園のパノラマ展示や、動物地理学的展示、さらにはランドスケープ・イマージョン――は、単なる技術革新ではない。
そこには、「人間が動物を支配して見る存在」から、「動物の世界に人間がそっと入り込む存在」へという、視点の大きな転換がある。
見えない堀によって安全を確保しつつ、あたかも同じ空間を共有しているかのように感じさせる展示は、支配ではなく想像力と敬意に基づいた関係を観客に促す。
6. 没入型展示が示す「共存」の感覚
戦後の自然破壊や絶滅危機を背景に、動物園が「娯楽・教育・研究・保全」という複合的な役割を担うようになったという指摘は、現代動物園の本質を端的に表している。
輸入に頼らず繁殖を行い、絶滅危惧種を守るという姿勢は、動物園がもはや展示施設ではなく、「未来の自然をつなぐ拠点」になりつつあることを示している。
7. 感想
この放送を通じて強く感じたのは、「動物園は動物を見せる場所である以前に、人間の価値観を見せる場所である」ということだ。
どう見せるか、何を見せないか、その選択の積み重ねが、その時代の倫理と世界観を雄弁に物語る。
溝井氏の語りは、動物園を通して私たち自身の姿を問い返す、静かだが深い知的刺激に満ちていた。
最後の「動物園は見せ方が大事」という言葉は、展示技術の話にとどまらない。
どのような関係性を社会として選び取るのかという、私たち一人ひとりへの問いかけとして、強く心に残った。

