歴史を病から読み解く視点――豊臣秀長の胃がん説が照らす人物像と豊臣政権の可能性
2026年1月5日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」健康ライフ「歴史上の人物を診る 豊臣秀長」早川智(日本大学総合科学研究所教授)を聞きました。

1.症状の記述と医学的推論の妥当性
47歳頃から繰り返された嘔吐・下痢・発熱・悪寒といった症状を、急性胃腸炎あるいは慢性胃炎と捉え、さらに
・食欲不振
・胃痛
・全身衰弱
・晩年まで意識が比較的保たれていた
といった情報を総合して、慢性萎縮性胃炎から胃がんへ進行した可能性を示している点は、現代医学の知見から見ても説得力があります。
史料に限りがある中で、症状の経過と最終的な死因を慎重に積み上げていく姿勢は、歴史の「推測」を「独断」に陥らせない学術的態度と言えるでしょう。
2.ピロリ菌という現代医学の視点
特に印象的なのは、ピロリ菌感染という現代日本人にとって極めて身近な医学知識を、16世紀の人物に適用している点です。
・幼少期の感染
・不衛生な水や食事
・長期間の潜伏
・ストレスや生活環境による発症
これらを重ねることで、秀長の病は「特別な不運」ではなく、当時を生きた多くの人が抱え得たリスクであったことが理解できます。
歴史上の偉人を神話化せず、同時代人として引き寄せる効果を持っています。
3.医療水準と「時代の限界」
現代であれば、
・ピロリ菌検査と除菌
・胃カメラによる早期発見
・内視鏡治療や外科手術
によって十分に治癒や延命が期待できる病であることを示しつつ、当時はそれが不可能だったという対比は、「医学の進歩」という抽象的概念を具体的に実感させます。
これは単なる健康情報ではなく、歴史理解そのものを深める装置として機能しています。

4.病と政治史の接続
最後に示される
秀長が長く生きていれば、朝鮮出兵を諌め、豊臣政権が長続きしたかもしれないという仮説は、病が一個人の生死にとどまらず、国家の運命や歴史の分岐点に影響し得ることを示しています。ここで病は「個人的不幸」ではなく、「歴史を動かす要因」として位置づけられています。
5. 感想
この放送は、歴史を「勝者の物語」や「英雄の決断」としてではなく、生身の人間の身体と限界から捉え直す極めて知的で誠実な試みだと感じました。
豊臣秀長の温厚さや調整力は、単なる性格論ではなく、長年にわたる体調不良や慢性的な苦痛と共存しながら培われた可能性もあります。
そう考えると、彼の政治的バランス感覚や慎重さは、身体感覚と無縁ではなかったのではないか、という想像も広がります。
また、「もし生きていれば歴史は変わったかもしれない」という結びは、歴史に対するロマンに留まらず、現代を生きる私たちへの問いとして響きます。
すなわち、健康管理や医療へのアクセスが、個人の人生だけでなく社会全体の未来を左右し得るという視点です。
歴史・医学・現代生活が一つの線で結ばれたこの番組は、知識を増やすだけでなく、自分自身の身体や生き方を見つめ直すきっかけを与えてくれる、非常に完成度の高い内容だったと言えるでしょう。
