見えなくなっても失われなかったもの――河合純一が語る、不安定を生き抜く力と学び続ける人生哲学
2026年1月5日に放送されたラジオ番組インタビュー「スポーツ庁長官への挑戦」河合純一(スポーツ庁長官・パラリンピック競泳男子金メダリスト)(NHK) を聞きました。

1.「見えなくなったら、何もできなくなるわけじゃない」――自己否定から〈関係の中の自己〉への転換
河合純一氏の語りの出発点は、視力を失っていく過程で生じた強烈な自己否定です。
なぜ自分だけが。自暴自棄みたいなものが。
ここで重要なのは、「ゼロではなかった」と続く点です。完全な絶望ではなく、わずかに残る他者との関係――恩師、家族、友人――が、彼を踏みとどまらせています。
特に印象的なのは、見えるか見えないかじゃなくって、河合純一として受け止めている、という言葉です。
これは「障害の受容」という一般的な物語を超え、人は能力や機能ではなく、存在として受け止められることで回復するという、人間理解の核心を突いています。
この発言の価値は、「障害を克服した英雄譚」に回収されない点にあります。
河合氏は、「強くなった自分」を誇示しているのではなく、他者からの無条件の承認が、人を生かす土台になることを静かに証言している。
これは、競技スポーツの世界を超えて、教育、福祉、宗教、家庭といったあらゆる領域に通じる普遍性を持っています。
2.「みんなのために、のほうが頑張れる」――個人競技における〈他者志向〉の逆説
競泳は典型的な個人競技です。それにもかかわらず、自分のためにという気持ちで出せる努力よりも、みんなのためにというか、より頑張れたりする、という発言は、スポーツの動機づけに対する重要な逆説を含んでいます。
ここでは「自己犠牲」ではなく、他者とのつながりが自己の限界を拡張するという現象が語られています。
人は「自分一人の成功」には案外弱い。しかし、「誰かに支えられている」「誰かに返したい」という感覚は、驚くほどの持続力を生む。
この点で河合氏の言葉は、「自己責任」「自己実現」を過剰に強調する現代社会への静かな批判とも読めます。
本当の強さは、孤立した自己の内側ではなく、関係性の中で育つ――この洞察は、スポーツ庁長官という立場にふさわしい、人間観の成熟を示しています。
3.「成功体験に縛られる」という自己相対化――再現不能性を直視する知性
成功を重ねた人ほど語りにくいのが、「成功の偶然性」です。しかし河合氏は、それを正面から認めます。
成功体験は、その時の体調だとか、社会的な要因とかマッチして、うまくいっていることが多い。
これは非常に知的で誠実な態度です。
成功を「自分の実力」だけに還元しないからこそ、なぜ成功したか?と考え抜いた先にある、成功につながるエッセンスという抽象化が可能になる。
この思考は、スポーツに限らず、仕事・教育・人生全般に通じます。
「同じことをやれば、同じ結果が出る」という幻想を捨て、変化する前提の中で本質を抜き出す力。河合氏の強さは、身体能力以上に、この「知の柔軟性」にあります。
4.「所属が全部違う」――変化を生きる面白さ、一貫性よりも更新される自己
6回のオリンピックすべてで所属が違う、という事実は、異例です。
その中で、自分なりにベストを尽くすというのが面白さ。
ここには、「一貫した肩書」よりも、「変化する環境の中で応答し続ける自己」を選び取る姿勢があります。
これは、終身雇用や単線型キャリアが崩れた現代社会において、非常に示唆的です。
河合氏は不安定さを「仕方のないもの」としてではなく、創造性が生まれる余白として肯定している。
これは、経験に裏打ちされた言葉だからこそ説得力があります。

5.「不安定を楽しむ」「ピンチはチャンス」――精神論ではない、現実的な構え
この部分は、一見すると自己啓発的にも聞こえます。しかし文脈を読むと、安易な楽観論ではありません。
安定というのは、アスリートにとっては停滞。
ここでの「不安定」は、自分と向き合わざるを得ない状態を意味しています。
自分自身と向き合うチャンスである。そこから方向性も見い出せる。
河合氏は、ピンチを「美化」していません。
むしろ、「不安定さから逃げない姿勢」が、結果的に成長につながることを、実体験として語っています。
この現実感こそが、言葉を空虚にしない理由です。
6.「人生に無駄だったものは何一つない」――出来事ではなく、意味づけが人生を決める
最後の言葉は、このインタビュー全体の哲学的結論と言えます。
無駄なものにしてしまうのか、そこから学んで次に活かせたかどうか。
そして、起きたことに執着するのか、そこから次にどういかせるか。
これは、運命論でも、努力万能論でもありません。
出来事は選べないが、意味づけは選べるという、成熟した人生観です。
7.総合的な感想
このインタビューが深く胸を打つのは、河合純一氏が「勝者の言葉」を語っていないからです。
語られているのは、揺らぎ、迷い、考え続ける人間の言葉です。
視力を失ったこと、環境が変わり続けたこと、成功が再現できなかったこと――それらを「物語」にして乗り越えたのではなく、問いとして抱え続けてきた人の言葉だからこそ、軽くならない。
スポーツの話でありながら、人生そのものへの静かな励ましとして受け取れる、非常に成熟したインタビューだと感じました。
