曖昧さを抱きしめる勇気――ムーミンが教える多様性と共生の思想を80年目に読み直す
2025年12月29日に放送されたラジオ番組「生誕80年 ムーミン谷からの手紙」森下圭子(ムーミンの研究家・翻訳家)(NHK) を聞きました。

1.「曖昧さ」を許さない時代への静かな問い
この番組を通して強く印象に残ったのは、「曖昧さ」を否定的に扱う現代社会の空気そのものを、ムーミンの世界が静かに、しかし確固として問い返している点です。
私たちは今、白か黒か、右か左か、賛成か反対か、ゼロかイチかという明確な線引きを求められる場面に日常的にさらされています。
その背景には、効率性や即断即決を重視する社会構造や、SNSを中心とした言論空間の過激化があるのでしょう。
しかし、そうした「割り切り」は同時に、人の心の複雑さや、世界の豊かなグラデーションを切り捨ててしまっているようにも感じられます。
2.トーベ・ヤンソンが肯定した「複雑な世界」
トーベ・ヤンソンが大切にしたのは、まさにその切り捨てられがちな領域でした。
人の心は単純ではなく、善悪や正誤だけで整理できるものではない。
迷い、揺れ、矛盾を抱えながら生きるのが人間であり、現実の世界もまた、曖昧さと不確かさに満ちています。
ヤンソンはそれを「未完成」や「弱さ」としてではなく、優しさや美しさが生まれる源泉として肯定的に捉えていたのだと思います。
3.雪のたとえに込められた多義的な世界観
雪のたとえは、その思想を象徴的に表しています。
冷たいと思われている雪が、実は人を守る温もりを持ち、白一色に見える雪が、光や環境によって多様な色を帯び、柔らかい存在が時に石よりも硬くなる。
そこには「絶対はない」という世界観が、子どもにも伝わる言葉で示されています。
これは単なる自然描写ではなく、一面的な理解に安住しないこと、物事は立場や状況によって姿を変えることを教える、深い哲学的メッセージだと感じました。
4.理念を生きた物語として描くムーミン
ムーミンの物語が、今あらためて大人の心に響いている理由も、ここにあるのでしょう。
平等、多様性、自由、平和、勇気といった言葉は、現代社会ではしばしば理念やスローガンとして消費されがちです。
しかしムーミンは、それらを抽象的に掲げるのではなく、曖昧で不完全な存在たちが共に生きる姿として描き出します。
誰かを完全に理解することはできなくても、排除せず、決めつけず、隣に居続ける。その姿勢こそが「共生」の本質なのだと、物語は静かに語りかけてきます。

5.「多様な見方がある」と気づくということ
この番組を聞いて、「こんな多様な見方があるんだ」と感じたという言葉は、とても率直でありながら重要です。
それは新しい知識を得たというよりも、世界を見るための余白を取り戻した感覚に近いのではないでしょうか。
曖昧であることを恐れず、簡単に答えを出さない勇気を持つこと。
その態度自体が、これからの社会を生きる子どもや若者だけでなく、むしろ答えを急ぎがちな大人にこそ必要なのだと、ムーミンは教えてくれているように思います。
6.総合的な感想
ムーミンが80年を経てもなお読み継がれる理由は、時代を超えて変わらない「人間の複雑さ」を、決して裁かず、温かく包み込んできたからなのでしょう。
その優しさと深さに、あらためて立ち止まって耳を傾けることの大切さを、この番組は静かに、しかし確かに思い出させてくれました。
