「歴史上の人物を診る 徳川家康」早川智 ラジオ番組「マイあさ!」健康ライフ (NHK) を聞いて
2025年12月25日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」健康ライフ「歴史上の人物を診る 徳川家康」早川智(日本大学総合科学研究所教授)を聞きました。

1.徳川家康の「政治力」と「時間を味方につける身体」
番組前半で語られた家康の生涯は、改めて見ると「勝ち続けた武将」というよりも、「負けを耐え、時を待ち続けた人物」であったことが強調される。
武田信玄や上杉謙信といった軍事的天才には正面から勝てず、織田信長の庇護下に置かれ、豊臣秀吉とは妥協と緊張関係を続ける。
家康の強みは、剣や戦術ではなく、同盟・和睦・忍耐という政治的技量であった。
しかし番組が鋭いのは、その政治力の背後に「長く生きる身体」があったと示唆している点である。
もし家康が50代、60代で病に倒れていたなら、関ヶ原も江戸幕府も存在しなかった可能性が高い。
歴史の帰趨は、思想や戦略だけでなく、「生き続けられたかどうか」という極めて身体的な条件に左右されていることを、この番組は静かに、しかし確実に伝えている。
2.病歴の分析がもたらす「現代的リアリティ」
家康の晩年の症状について、膵臓や胆管の悪性腫瘍、胆石による激痛などが医学的に検討されるくだりは、歴史を現代医学の光で照らし直す試みとして非常に興味深い。
吐血や血便といった記録がないこと、症状の寛解と悪化を繰り返している点など、史料を尊重しつつ慎重に推論を重ねる姿勢は、学問的にも誠実である。
特に印象的なのは、「現代でも膵臓や胆管のがんは完治が難しい」という言葉である。医療が発達した現代でさえ難治性である病に、家康は自然経過の中で耐えながら生きていた。
その事実は、彼の晩年を「老衰」や「自然死」と一言で片づけてしまう見方を改めさせ、人間の身体の脆さと同時に、その驚くべき持続力を感じさせる。
3.「標準治療」という現代的メッセージの意味
番組後半で語られた「もし私が主治医であれば」という仮定は、歴史番組でありながら、明確に現代を生きる私たちに向けられている。
エビデンスに基づく標準治療を勧め、民間療法や根拠のない治療に頼らない姿勢は、医学的な正しさだけでなく、人生に対する誠実さをも感じさせる。
さらに、定期検診・栄養指導・運動指導という言葉は、「英雄的な一発逆転」ではなく、「日々の積み重ね」が健康と人生を支えるというメッセージに通じている。
家康の人生そのものが、派手さよりも継続と管理によって成り立っていたことを思えば、ここでも歴史と健康観が美しく重なっている。

4.健康長寿が「物事を成す」ための条件であるという結論
番組の結びで触れられた、武田信玄・上杉謙信・織田信長・豊臣秀吉・前田利家といった人物たちの早すぎる死は、極めて説得力のある比較である。
彼らがもし家康と同じ年齢まで生きていたら、歴史は全く異なるものになっていたかもしれない。
この比較によって浮かび上がるのは、「才能」や「カリスマ」以上に、「生き続けること」そのものが最大の戦略であったという事実である。
家康は必ずしも最強ではなかったが、最後まで舞台に立ち続けた。健康長寿が、結果として最大の武器になったという視点は、人生100年時代を生きる私たちにとって、非常に現実的で深い示唆を与えてくれる。
5. 総合的な感想
この放送は、徳川家康という歴史上の人物を通して、「健康とは何か」「人生を成し遂げるとはどういうことか」を静かに問いかけてくる、成熟した教養番組であった。
英雄譚ではなく、身体と時間の物語として歴史を語ることで、過去は現在と地続きのものとなる。
家康の75年の生涯は、「勝ち続ける人生」ではなく、「生き抜く人生」であった。
その姿は、長寿社会を生きる私たちにとって、きわめて現代的で、しかも希望を与えるモデルであると感じた。

