インフレ時代に再浮上する「人重視」の経営――お金と人の価値が揺れ動く歴史から考える令和の働き方

2025年12月24日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」マイ!Biz《いま求められる「ヒト重視」の経営》岩尾俊兵(慶應義塾大学商学部准教授)を聞きました。

1.「人とお金」という二元論を、歴史のリズムとして捉え直す視点の鋭さ
岩尾俊兵氏の議論の核心は、「人を大切にする経営」vs「お金を重視する経営」という対立を、道徳論や経営者の人格論に落とさず、経済構造の変動と結びつけて説明している点にあります。
昭和の高度成長期には「人こそが希少資源」であり、丁稚奉公から技能と生活の安定を得るという成功物語が社会的に共有されていました。
この時代に本田宗一郎や松下幸之助が「人を育てる経営者」として尊敬されたのは、単に人格者だったからではなく、人を大切にすることが経済合理性と一致していた時代だったからだ、という暗黙の前提がここにはあります。
この整理は非常に重要です。
「良い経営=人を大切にする」という単純な教訓ではなく、どの資源が希少かによって、合理的な経営行動は変わるという冷静な見方を提供しているからです。

2.「ヤジロベー」という比喩が示す、経営思想の非・直線性
「人が強い時代とお金が強い時代が、ヤジロベーのように動いてきた」という表現は、きわめて示唆的です。
ここで語られているのは、「進歩史観」ではありません。
つまり、人を大切にしない経営 → 人を大切にする経営へと“進化”したという話ではなく、経済環境の変化によって、どちらが力を持つかが揺れ動くという、循環的・構造的な歴史観です。
これは、平成期の日本で「成果主義」「株主価値」「効率化」が称揚され、人が軽視されがちだったことを、感情的な批判ではなく、「デフレと貨幣価値の上昇」という条件から説明できることを意味します。
そのため、この議論は「過去の経営を断罪する」ものではなく、「なぜそうなったのか」を理解させる冷静さを持っています。

3.インフレ・デフレと「相対的価値」という整理の明快さ
とりわけ印象的なのは、
・インフレ=お金の相対的価値が下がり、人の価値が上がる
・デフレ=お金の相対的価値が上がり、人の価値が下がる
という整理です。

これは経済学的には決して新奇な話ではありませんが、「経営感覚」にまで落とし込んで説明されることで、非常に実感的になります。

平成のデフレ期には、
・資金調達が難しい
・お金を集められる人・企業が強い
・人は「代替可能なコスト」として扱われやすい
という現象が確かに起きていました。

一方、令和に入りインフレ基調となった現在、
・人が集まらない
・採用できないことが即、事業停止につながる
・給料だけでなく「時間」「働き方」「尊重」が競争軸になる
という現実が、ラーメン屋の休業・廃業という具体例で示されています。
この具体性が、議論を机上の空論にしない強さを持っています。

4.「人を大切にする」とは、優しさではなく「誠実な関心」である
本論の中で特に現代的なのは、「給料を上げれば人が来る」という単純な話に還元していない点です。
・給料は減ってもいい。
・けれども、働く時間を減らしたい。
・週休3日か4日欲しい。
ここで語られるのは、人々の価値観の多様化であり、人重視の経営とは「一律の正解」を押し付けない姿勢であることが示されています。
つまり、人を大切にする=甘やかすではなく、人を大切にする=一人ひとりの事情や希望に誠実な関心を持つという定義の転換が起きています。
この点において、「誰かの長所によって誰かの欠点を消すような経営」という表現は、現代のチーム論・多様性論とも深く響き合っています。

5.感想
この話を聞いて強く感じるのは、令和とは「人の存在が再び経済の中心に浮上してきた時代」だということです。
しかしそれは、精神論への回帰ではありません。
貨幣の不安定さ、グローバル資本主義の揺らぎ、人口減少という現実の中で、人を軽視することがもはや合理的ではなくなったという、冷徹な事実の帰結です。

「人を大切にする経営」とは、優しさの宣言ではなく、人間を資源としてではなく、かけがえのない存在として扱わざるを得ない時代に入ったという認識なのだと、この番組は静かに教えてくれました。
その意味で、この議論は、経営者だけでなく、働く一人ひとりが「自分は何を大切にされたいのか」を問い直す契機を与える、非常に示唆に富んだ内容だったと言えるでしょう。