「歴史上の人物を診る 豊臣秀吉」早川智(日本大学総合科学研究所教授) ラジオ番組「マイあさ!」健康ライフ (NHK) を聞いて

2025年12月22日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」健康ライフ「歴史上の人物を診る 豊臣秀吉」早川智(日本大学総合科学研究所教授)を聞きました。

1.医学的視点からの詳しい分析
この番組の大きな特徴は、歴史上の人物を「評価」や「英雄譚」ではなく、「一人の身体をもった人間」として診る視点にあります。
秀吉の晩年について記録されている症状――尿失禁、不眠、体重減少、慢性下痢、摂食障害、せん妄――は、現代医学の目から見ると、単一の病気では説明しきれない「全身性の慢性消耗状態」を強く示唆します。
脳動脈硬化や多発性脳梗塞説は、せん妄や判断力低下、人格変化を説明しうる点で説得力があります。
一方、結核や悪性腫瘍などの慢性疾患説は、体重減少や慢性下痢、全身衰弱という身体症状とよく整合します。
しかし、番組が指摘するように、どの説も決定打に欠ける。
これは史料の限界というより、「人の死は多くの場合、単一原因ではなく複合的である」という医学の基本原則を、結果的に浮かび上がらせています。
ここで重要なのは、現代医療の可能性が示されることで、秀吉の死が「宿命」ではなかったかもしれないという視点が生まれる点です。
画像診断、血液検査、薬物療法、手術、移植、透析――これらの言及は、単なる医学知識の披露ではなく、「時代が人の生死を規定する」という厳然たる事実を、静かに聴き手に突きつけています。

2. 歴史・政治への波及効果の分析
番組後半の「もし秀吉が長生きしていたら」という仮定は、単なる歴史IFではなく、医療と政治、健康と文明の関係を考えさせる知的実験になっています。
秀吉が秀頼の成人まで生き、政権中枢が安定していたなら、大阪を中心とする「商業重視の幕府」が成立していた可能性は、十分に現実的です。
秀吉政権は、武断一辺倒ではなく、都市経済・流通・貨幣・商人ネットワークを重視する性格を強く持っていました。これは、後の徳川幕府の「安定重視・農本主義」とは異なる方向性です。
さらに、アジア諸国やヨーロッパとの交流が軍事ではなく「公益」と「商業」を軸に展開していれば、東アジア・東南アジアにおける国際商業圏の主導権を、日本が一定程度握っていた可能性も否定できません。
ここで示唆されるのは、一人の為政者の健康状態が、国際秩序や植民地化の歴史にまで影響を与えうるという、非常にスケールの大きな視点です。
つまり秀吉の死は、単なる権力者の終焉ではなく、一つの世界史的分岐点だったかもしれない、という問いが浮かび上がります。

3. 感想
この番組の優れている点は、医学史・政治史・国際史を横断しながらも、語り口が決して断定的でないことです。
「わからない」「決め手に欠ける」「もし〜だったら」という表現が多用されることで、聴き手は受動的に答えを与えられるのではなく、自分で考える余白を与えられます。

また、「健康ライフ」という枠組みの中で秀吉を扱うことにより、権力や成功の頂点に立った人物でさえ、老いと病から逃れられなかったという事実が、現代人の私たちに強い共感を呼び起こします。
健康は個人の問題であると同時に、社会や歴史を動かす基盤である――そのメッセージは、説教的ではなく、静かで説得力があります。

個人的な感想として、この番組は「歴史を学ぶこと」と「今を生きること」を自然に結びつけてくれました。
もし秀吉が現代医療を受けられていたら、という想像は、同時に「私たちは今、どれほど多くの可能性を医療によって支えられているのか」を再認識させます。
歴史上の人物を通して、命の有限性と文明の脆さ、そして人間の可能性を考えさせる、非常に知的で滋味深い放送だったと言えるでしょう。