「トランプ2.0の衝撃」中林美恵子(早稲田大学教授) 『ラジオ深夜便』インタビュー (NHK) を聞いて

2025年12月18日に放送された番組『ラジオ深夜便』インタビュー「トランプ2.0の衝撃」中林美恵子(早稲田大学教授)を聞きました。 

1.「トランプ2.0」の本質的変化の分析――「人物」ではなく「構造」としてのトランプ
中林氏が最初に強調しているのは、「一期目と二期目は別物である」という点です。
一期目のトランプ政権は、政治的素人の大統領を官僚や閣僚が“抑制”する構造がありました。
しかし二期目では、その抑制装置が意図的に排除され、「トランプカラーが純化された政権」になっていると指摘します。
ここで重要なのは、トランプが変わったのではなく、「政権の制御構造」が変わったという見方です。
これは人物論に陥りがちなトランプ論を、制度・権力配置の問題として捉え直す冷静な分析であり、学者ならではの視点です。

2. 移民・関税・製造業回帰という「一貫した世界観」
移民排斥、同盟国への関税、製造業の国内回帰、伝統的家族観、小さな政府――
一見するとバラバラに見える政策群を、中林氏は次の一点に収斂させています。
「コミュニティが壊れた原因は、ものづくりが国内から消えたことだ」
これは非常に重要な整理です。
トランプの言説はしばしば「極端」「場当たり的」と評されますが、支持者の側から見れば、生活の実感に根ざした一本の物語になっている。
・地域から工場が消え
・雇用が失われ
・家族が分断され
・共同体が壊れた
その“原因”を、グローバリズムとエリート政治に見出す――
この因果関係の提示の明快さこそが、トランプの強さであると、中林氏は暗に示しています。

3.「言葉」ではなく「行動」を見るという政治観察の姿勢
トランプの発言の矛盾、過激さ、予測不能性について、「言うことではなく、やっていることに注目する」
という助言は、きわめて成熟した政治リテラシーを示しています。
トランプは
・相手に読まれないこと
・交渉上の主導権を握ること
を重視するタイプの政治家であり、発言そのものが戦略的ノイズである可能性が高い。
この見方は、感情的な賛否を超えて、現実政治を読み解くための重要な態度をリスナーに与えています。

4.ニューヨーク市長選と「反エリート感情」の連鎖
マブダニ氏の当選を、単なる地方政治の話で終わらせず、「民主党の中にも反エリート感覚が出てきている」と位置づけた点は、非常に鋭い分析です。
家賃25%上昇、賃金1%増、貧困層24%――
この数字は、生活感覚としての不公正を端的に表しています。
ここで中林氏は、トランプ支持と都市リベラルの反エリート運動を同じ構造の別表現として捉えています。
つまり、「極端な言葉を使う人」に人々が引き寄せられるのは、政治が生活を改善してこなかった結果である、という構図です。

5. 格差データが示す「分断の必然性」
1979年以降、年収は
・上位0.1%:800%増
・上位1%:600%増
・下位20%:ほぼ横ばい
という数字は、もはや「偶然」や「努力不足」で説明できません。
中林氏はここで、
アメリカ社会の分断を道徳や価値観の対立ではなく、経済構造の帰結として示しています。
この点に、感情論に流されない学術的誠実さと、生活者への深い共感が感じられます。

6. アメリカを「社会実験国家」として捉える視点
中林氏の最も印象的な点は、アメリカを「常に変革と社会実験を繰り返してきた国」として捉えていることです。
トランプ現象もまた、
・正しいかどうか
・成功するかどうか
とは別に、「声を上げられなかった人々の不満が噴き出す社会実験」として理解すべきだ、という姿勢が一貫しています。
これは、トランプ支持を肯定するわけでも、否定するわけでもない。
人類社会がどこへ向かうのかを考える材料として、アメリカを見るという、非常に知的で成熟した立場です。

7. 日本へのメッセージ ――「ならない努力」の重要性
最後に語られる日本論は、警鐘であり、同時に希望でもあります。
・日本の寛容さ
・社会全体の優しさ
・安全性
・人間関係の質
これらは、経済指標やAI競争力では測れない価値です。
中林氏は、「日本も遅れている」「危ない」と煽るのではなく、「アメリカのようにならない努力をしてほしい」と語ります。
これは、成功モデルの模倣ではなく、失敗モデルから学ぶ知恵を日本社会に促す、非常に穏やかで深いメッセージです。

8. 感想
このインタビューの最大の価値は、トランプを“異物”として切り捨てず、社会の鏡として読み解いている点にあります。
中林美恵子氏の語りは、冷静で数字と生活感覚を往復し、感情に流されず、しかし人間への共感を失わないという、まさに『ラジオ深夜便』にふさわしい知的対話でした。

トランプ現象を通して見えてくるのは、アメリカの危機であると同時に、民主主義が抱える普遍的な課題です。
その課題を、日本社会がどう受け止めるか――
この番組は、静かながらも非常に重い問いを私たちに投げかけていると感じました。