「クリスマスの時期に行われる舞台」清野貴子(ロンドン在住) ラジオ番組「マイあさ!」ワールドアイ (NHK) を聞いて

2025年12月17日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」ワールドアイ「クリスマスの時期に行われる舞台」清野貴子(ロンドン在住)を聞きました。

1. ロンドンの劇場文化――「特別な芸術」ではなく「日常の延長」
この放送でまず印象的なのは、劇場がイギリス社会に深く根づいた「日常的な文化装置」であるという点です。
ウエストエンドだけで約40、全国で1100以上という劇場数は、単なる観光資源ではなく、人々の生活リズムの中に演劇が組み込まれていることを示しています。
イギリス人にとって劇場は、
・敷居の高い「芸術鑑賞」ではなく
・友人や家族と出かける「気軽なエンターテインメント」
であり、特にクリスマスという節目の時期には、人々を集め、感情や価値観を共有する場として機能しています。
ここに、劇場文化が単なる娯楽を超えて、社会的・精神的インフラになっていることがよく表れています。

2. クリスマス定番演目が担う「季節の意味づけ」
①『くるみ割り人形』――視覚と音楽で体験する「祝祭」
『くるみ割り人形』は、まさに「クリスマスそのもの」と言える演目です。
大きなツリー、プレゼント、幻想的な舞台装置、そしてチャイコフスキーの音楽。
これらが一体となり、理屈ではなく感覚で「祝祭」を体験させる力を持っています。
この舞台が毎年繰り返し上演されることは、
・子どもにとっては「初めてのクリスマスの記憶」
・大人にとっては「懐かしさと安心感」
を呼び起こし、世代を超えた共通体験を生み出しています。文化が「継承される」とは、こうした身体的・感情的な記憶の連鎖なのだと感じさせられます。

②『クリスマス・キャロル』――物語が社会を動かす力
『クリスマス・キャロル』は、単なる感動物語ではありません。
守銭奴スクルージが過去・現在・未来を突きつけられ、改心する物語は、自己反省と社会的連帯を促す寓話です。
放送で触れられていたように、イギリス人がクリスマスにチャリティーに積極的になるという行動様式に、この物語が影響しているという指摘は非常に示唆的です。
つまりこの舞台は、「よい話」で終わるのではなく、人々の行動や倫理観にまで影響を与える文化的テキストとして機能しているのです。
愛と分かち合いというクリスマスの真髄が、毎年、物語を通して社会に再注入されている点を高く評価したいところです。

③ パントマイム――「笑い」と「混沌」が支える包摂性
イギリス独自のパントマイムは、これまで述べてきた二つの「正統的」な舞台とは対照的です。
少し下品で、観客参加型、政治や性のジョークも飛び交うこの芝居は、秩序だった祝祭にあえて「混沌」を持ち込む存在と言えます。
・子どもは単純な笑いとして
・大人は皮肉や風刺として
それぞれ異なるレベルで楽しめる構造は、一つの舞台が多層的な意味を持つことの好例です。
また、性別を入れ替えた配役や観客への語りかけは、権威や常識を一時的にひっくり返す「祝祭の自由」を体現しています。
この「くだらなさ」や「騒がしさ」こそが、堅苦しくなりがちなクリスマスを、誰にでも開かれたものにしている点が非常に魅力的です。

3. 感想
この放送を通じて感じたのは、ロンドンのクリスマス舞台が、芸術・物語・笑いを通して、人々の心を整え直す装置として機能しているということです。
①バレエは「美」と「夢」を
②文学作品は「倫理」と「思いやり」を
③パントマイムは「解放」と「連帯」を
それぞれ担いながら、クリスマスという時期を多角的に照らしています。

単に華やかなイベントが続くのではなく、人が人としてどう生きるかを、楽しみながら問い直す――その営みが毎年繰り返されていることに、イギリス文化の底力を感じました。

このレポートを通じて、「イギリスにおけるクリスマスとは、ただツリーやプレゼントを楽しむだけでなく、人々が芸術に触れ、感情を揺さぶられ、共に笑い、考える時間なのだ」と気づかされます。

そして何より、「劇場に行く」という行為が心を整える季節の儀式として息づいていることに、深い感銘を覚えました。
演劇がここまで生活と一体化している社会は、実に美しく豊かだと思います。