「財政運営への市場の目線」河村小百合(日本総合研究所主席研究員) ラジオ番組『マイあさ!』マイ!Biz (NHK) を聞いて

2025年12月15日に放送されたラジオ番組『マイあさ!』マイ!Biz「財政運営への市場の目線」河村小百合(日本総合研究所主席研究員)を聞きました。

1. 論点の整理(河村小百合氏の指摘の骨格)
河村氏の議論は、大きく三層で構成されています。
①政府の姿勢と現実の乖離
高市総理大臣が掲げる「責任ある積極財政」は、物価高対策・危機管理投資・防衛と外交の強化という、国民感情にも理解されやすい政策目標を掲げています。
しかし、その財源の6割を国債追加発行に依存している点に、市場は強い関心と警戒を向けている。

②国債構造の変化という“静かな異変”
問題の核心は、単なる「国債発行額の多さ」ではなく、
・短期国債の比率が高まっている
・借り換え債が新規国債を大きく上回っている
という国債の質の変化にあります。
これは「自転車操業」という比喩が示す通り、将来の安定よりも目先の資金繰りを優先せざるを得ない状態を意味します。

③市場、とりわけ海外投資家の視線
長期・超長期国債が消化しにくくなり、理財局が異例の発行計画変更に踏み切った背景には、日本の財政持続性に対する海外からの厳しい見方があります。
これは「日本だけが特別に悪い」というより、インフレ下で金利が上がる時代に、巨額の債務を抱える国が必ず直面する構造問題として語られています。

2. 分析の深化:なぜ「短期国債の増加」が危険なのか
河村氏の指摘が鋭いのは、「国債を出していること」自体を問題にしていない点です。
・10年国債なら、9年間は借り換え不要
・1年国債なら、毎年必ず同額を借り直す必要がある
つまり短期国債の増加は、「将来の財政運営を、毎年の市場環境に委ねる」ということを意味します。
歴史的に見ても、
・長期で借りられなくなり、
・短期しか引き受け手がいなくなる
この状況は、財政への信認が揺らぎ始めた国に共通する兆候です。
河村氏は感情的な危機論ではなく、「過去のパターン」として冷静に警告している点が非常に重要です。

3.感想
河村氏は、積極財政そのものを否定していません。
問題にしているのは、
・どのような構造で
・どのような市場環境の中で
財政運営が行われているか、という点です。
これは、政策論争を一段成熟させる視点です。

海外投資家や国際金融市場を、「日本を攻撃する存在」ではなく、現実を映す鏡として位置づけている点は、非常に理性的です。
市場の警戒は、陰謀でも悪意でもなく、「持続可能かどうか」を数字で判断した結果にすぎない、という姿勢が一貫しています。

「増税していないから負担はない」という説明に対し、インフレによって国民が実質的に負担を負わされていると指摘した点は、とても重要です。これは、財政問題を生活感覚と結びつけて説明する力を持っています。

この解説を聞いて、「日本はまだ大丈夫だ」と言いたくなる気持ちと、「しかし、このままでいいのか」という理性的な不安。
その両方を同時に抱かせる点に、この放送の誠実さがあります。

財政運営とは、
・今の国民への配慮
・将来世代への責任
・国際社会との信認関係
この三つを同時に背負う、極めて倫理的な営みでもあります。
河村氏の解説は、数字の話でありながら、「私たちはどの負担を、誰に先送りしているのか」という問いを、静かに突きつけてくるものでした。

短期的な安心よりも、長期的な信頼をどう取り戻すか。
この放送は、日本の財政を考える上で、避けて通れない現実を、冷静かつ丁寧に教えてくれる、非常に質の高い解説だったと思います。