《『かわいい』を実験心理学で研究する話》入戸野宏(大阪大学大学院人間科学研究科教授) ラジオ番組「ミルクボーイのそれオカンに言うといて! 」を聞いて

2025年12月13日に放送されたラジオ番組「ミルクボーイのそれオカンに言うといて! 」《『かわいい』を実験心理学で研究する話》入戸野宏(大阪大学大学院人間科学研究科教授)を聞きました。

1.「かわいい」を実験心理学で扱うことの意義
入戸野宏教授の話で特に印象的なのは、「かわいい」という一見あいまいで主観的な感情を、実験という方法によって客観的に捉えようとする姿勢です。
実験心理学は、人の心を「測れないもの」として放置するのではなく、
・どんな条件で
・どんな刺激に対して
・どんな反応が、どれくらいの速さで起きるのか
を丁寧に切り分けて調べます。
心理学が日常生活と強く結びついた学問であることを実感させます。
このアプローチは、「感情=気分や好み」と片付けがちな私たちに対し、感情にも法則性や傾向があり、それは理解可能であるという知的な希望を与えてくれます。

2.「かわいい」の二重構造──見た目と感情
番組で語られた「かわいいには二つの意味がある」という整理は、とても重要です。
①見た目としてのかわいさ
・額が広い
・目の位置が低い
・顎が小さい
・手足が短い
これらはいわゆる「ベビースキーマ」と呼ばれる特徴で、人類共通に近い反応を引き起こします。赤ちゃんや子猫を見たとき、文化を超えて似た反応が起きるという点は、かわいいが進化的に備わった感受性であることを示しています。
②感情としてのかわいさ
一方で、「自分だけがかわいいと思う」「関係性や体験によって変わる」かわいさが存在します。
ここには、
・記憶
・経験
・相手との距離感
・仲間意識
といった、個人史が深く関わる要素が入り込んでいます。
この二重構造を示したことで、「かわいい」は単なる外見評価ではなく、人と人との関係性を媒介する感情であることが明確になります。

3.年齢・性別・ホルモンと「かわいい」
若い世代では人間の赤ちゃんをそれほど可愛いと思わない人が多く、年齢を重ねるにつれて男女ともに赤ちゃんを可愛いと感じるようになる、という話は非常に示唆的です。
日本だけでなく、アメリカでも、イスラエルでも同様の傾向が見られるという点は、「文化」だけでは説明できない生物学的・発達的要因の存在を強く示唆します。
ホルモンの影響が仮説として示されていることも含め、「かわいい」は人生の段階とともに変化する動的な感情であることがよく分かります。
これは、「若いときに赤ちゃんが可愛いと思えない自分はおかしいのでは?」という不安を、科学的にやさしく解きほぐす説明でもあります。

4.キモカワイイと経験の記憶
「キモカワイイ」という感覚が、幼少期の体験(犬や猫を飼っていたかどうか)と関係しているという話も興味深い点です。
ここでは「かわいい」が、
・危険ではない
・親しめる
・恐怖を感じない
という安心感と結びついていることが示されます。
つまり、「かわいい」は対象そのものの属性だけでなく、その人の記憶や安心の履歴と強く結びついている。
この視点は、「好みの違い」を単なる主観の問題ではなく、人生の積み重ねの結果として尊重する態度につながります。

5.かわいいが生む行動の変化
実験で示された、
かわいいものを見ると
・無意識に笑顔になる(1秒以内)
・集中力が高まる
・穏やかになる
という結果は、非常に実践的です。
特に、「かわいいは興奮させるのではなく、集中を促す」という指摘は重要です。
これは、教育・仕事・デザインの現場に応用できる知見であり、
・退屈しているとき
・敷居が高いと感じるもの
に「かわいい」を少し添えることで、人の行動が変わる可能性を示しています。
伝統工芸やデザインへの応用の話は、「かわいい」を軽薄なものではなく、人と文化をつなぐ潤滑油として捉えている点で、とても肯定的です。

6.日本社会と「かわいい」の成熟
「日本ではかわいいはピークを過ぎ、日常に染み込んだ」という指摘は、文化論として非常に説得力があります。
かわいいが当たり前になった社会とは、感情の表出を許し、弱さや親しみを肯定できる社会とも言えます。
海外で「かわいい」がかつては「見下し」や「差別」と結びついていたという話と対比すると、日本社会が比較的早く、
・かわいいと言う
・かわいいと感じる
・それを共有する
ことを許容してきた背景が浮かび上がります。
これは、日本文化の感情表現の柔軟さを再評価する視点を与えてくれます。

7.感想
この番組の最大の魅力は、「かわいい」を軽い話題として消費するのではなく、科学・人生・文化をつなぐ真面目なテーマとして扱っている点にあります。
・笑顔はなぜ生まれるのか
・なぜ人は近づきたくなるのか
・なぜ年齢とともに感じ方が変わるのか
こうした問いに、実験心理学は押しつけがましくなく、静かに答えを提示します。
「みんなでかわいいと思う場をつくると、自分もかわいいと思えてくる」という話は、分断や不安が広がる時代において、人と人をやさしくつなぐヒントとして、とても希望に満ちたメッセージだと感じました。
かわいいとは、弱さでも甘さでもなく、人が人であることを保つための、大切な感情なのだと、改めて気づかされる内容でした。