「造船業の脱炭素」吉本陽子(三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員) ラジオ番組『マイあさ!』マイ!Biz (NHK) を聞いて

2025年12月8日に放送されたラジオ番組『マイあさ!』マイ!Biz「造船業の脱炭素」吉本陽子(三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員)を聞きました。

1. 脱炭素が“危機”ではなく“歴史的好機”となる構図の明確化
海上輸送が世界物流の基幹であり、日本の貿易も99%を海に依存しているという事実は、普段は数字として見過ごされがちです。
しかし吉本氏は、この前提を押さえたうえで、「海運の脱炭素化は不可避であり、これは造船国にとって巨大市場の再編を意味する」と論じています。
1980年代には世界の建造量の5割を占めた日本が、現在は8%で3位に転落している。
この“衰退の記憶”を持ちながら、ここにきて脱炭素が再び日本のプレゼンスを押し上げる可能性をもつ。
その構図は大変エキサイティングです。

2.燃料転換(LNG → アンモニア → 水素)が産業の主導権争いを生む
船舶燃料の9割が化石燃料であるという現状と、そこからの転換が避けられないことを押さえたうえで、アンモニア・水素燃料船の開発において日本が先行している点を取り上げているのは非常に重要です。
とくに示唆深いのは次の点です:
・大型船のエンジンは欧州企業が特許を持ち、日本はライセンス料を払って製造している.
→ だが、アンモニア・水素エンジンを日本が独自開発できれば、ライセンス料を支払う側から“受け取る側”へと立場が変わる。
ここに描かれているのは、単なる環境対策ではなく、産業の価値連鎖を根本的に書き換える可能性です。

3.“海事クラスター”という日本の強みを明確に示した点の評価
「造船業」「海運」「船主」「部品・素材メーカー」が一体となった“海事クラスター”という概念は、ともすれば見過ごされがちな日本産業の深層構造です。
吉本氏はこれをブドウの房のように集積した多様な機能の総体と説明し、その包括性こそが脱炭素時代の競争力となると述べています。
特に:
・プロペラで世界シェア30%
・200種類以上の機器を担うサプライヤーが国内に存在
・その多くがすでに脱炭素対応を始めている
これらは日本の強みを“点”ではなく“面”として描き出すもので、非常に説得力があります。

4. 感想
吉本氏の解説は、単なる環境対応策としての脱炭素ではなく、産業構造そのものを前向きに転換する起爆剤として描かれており、その視点が非常に希望に満ちています。
沈んでいた造船業に、技術革新と環境戦略によって「復活」のシナリオを与える構成は、リスナーに強い納得感と展望を与えました。

LNGやアンモニア、水素などの燃料の具体的名称、ライセンス料の話、海事クラスターの説明など、データに基づいた論理的な解説でありながら、専門知識のない一般リスナーにも伝わるよう平易な語り口で構成されていました。

この放送を通して感じたのは、「脱炭素」は単なる技術革新だけではなく、産業全体の哲学・志の転換でもあるということです。
エンジン一つ、バルブ一つに至るまで、数百社が連携し、地球環境と次世代のために歩みを進める姿には、日本的な「現場力」の可能性を強く感じました。

また、「脱炭素によって日本は取り残されるのではないか?」という悲観論に対して、「だからこそ、先に走る」という前向きな姿勢が込められており、リスナーに勇気と自信を与える内容だったと思います。