「どう防ぐ 海外からの“SNS工作”」市原麻衣子(一橋大学大学院法学研究科教授) ラジオ番組『マイあさ!』けさの“聞きたい”(NHK) を聞いて
2025年12月8日に放送されたラジオ番組『マイあさ!』けさの“聞きたい”「どう防ぐ 海外からの“SNS工作”」市原麻衣子(一橋大学大学院法学研究科教授)を聞きました。

1.情報操作の本質は“分断”の創出
市原氏が例に挙げた「沖縄独立論」「反基地運動への中国支援説」は、いずれも“真偽の問題”以上に、国内の異なる立場の人々を敵対させる効果が強い点が重要です。
・海外勢力の狙いはまさにそこにあり、
・対立を煽る
・権力や地域の信頼関係を弱める
・国の政策形成を内側から不安定化させる
という「社会的土台を揺らす攻撃」であると番組は描写していました。
市原氏の説明は、現代の情報戦を感情・世論形成のレベルで捉えるもので、安全保障の新しい軸を可視化した点が高く評価できます。
2. ファクトチェックの“限界”を語る誠実さ
番組で特に印象的だったのは、ファクトチェックは大切だが、逆に偽情報を補強してしまう場合があるという指摘です。
これは、偽情報の発信者が注目を得るために“ファクトチェックの存在すら利用してしまう”現象を表しています。
問題を単純に「正しい情報を出せば解決できる」と言わず、情報の拡散速度や受け手の心理効果を踏まえて論じた点は、深い洞察だといえます。
3. 北欧の“リテラシー教育”の紹介の説得力
フィンランドにおける幼稚園からの教育は、単なる「インターネットの使い方教育」ではなく、
・情報の背後にある意図を探る
・情報の出所を確認する
・事実”と“意見”を区別する
という 批判的思考(クリティカルシンキング)の体系化であることが丁寧に紹介されていました。
番組からは、リテラシー教育が“テクニック”ではなく、民主主義を支える市民性教育の核となっている点が浮かび上がってきます。
市原氏はこれを日本社会に対する示唆として語り、番組全体に「教育こそ長期的解決策」という強いメッセージを与えていました。
4. カウンターナラティブの重要性
偽情報と対立のストーリーに対抗するには、民主的で人権擁護的な「別の物語」を提示することが不可欠だという指摘も非常に重要です。
偽情報の影響力は“物語として魅力的”である点に由来します。
それに対抗するには、事実だけでなく、社会をつなぎ直す前向きなストーリーが必要だという視点は、非常に現代的なアプローチといえます。

5. ラベリングをやめ、分断されにくい社会へ
市原氏が最後に強調したのは、
・他者にラベルを貼って断定的に批判しない
・対立を煽るSNS空間に過度に依存しない
・対面のコミュニケーションを重視する
という“社会の免疫力”の話でした。
これは偽情報対策というより、社会倫理や文化の問題として語られており、とても大切な観点です。
番組の結論は、最先端の技術議論ではなく、むしろ「民主社会の基盤となる人間関係」の回復に向けた呼びかけでした。
6. 感想
このインタビューの最大の魅力は、「技術的対策」と「教育・文化的アプローチ」をバランスよく提示している点です。単にSNSを制限すべき、政府が介入すべき、という短絡的な方向には向かわず、民主社会における自由と対話の重要性を守りながら、いかに“防御力”を高めるかを冷静に論じているところに深い知性を感じます。
また、リテラシー教育やナラティブ構築といった“時間のかかる解決策”をあえて強調している姿勢には、目先の炎上対策ではなく、将来の健全な情報環境づくりを見据えた長期的視野が伺えました。
本番組は、SNSが抱える脆弱性と、それを利用した海外からの情報工作の危険性を、身近な実例とともに丁寧に解説しながら、日本社会が目指すべき方向を理性的に示してくれた貴重な放送でした。市原麻衣子氏の発言は、単なる警鐘にとどまらず、民主社会のあり方そのものを問い直す深い知見に満ちています。

