「NY市長選 マムダニ氏当選が物語るもの」斎藤幸平(東京大学大学院総合文化研究科 准教授) ラジオ番組「マイあさ!」マイ!Biz (NHK) を聞いて

2025年11月21日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」マイ!Biz「NY市長選 マムダニ氏当選が物語るもの」斎藤幸平(東京大学大学院総合文化研究科准教授)を聞きました。

1.「マムダニ市長誕生」が象徴する世代交代
マムダニ氏(元ラッパー・イスラム教徒・インド系社会主義者)がニューヨーク市長選で「100万票超の大勝」を果たしたという設定は、アメリカ政治の構造変化を象徴的に表現しています。
斎藤幸平氏がここで強調しているのは、「アメリカでは若者の政治的価値観の地殻変動が起きている」という点です。
・学費ローン地獄
・家賃高騰と住居不安
・不安定雇用と所得停滞
→ こうした背景が、「市場万能主義=資本主義」への不信と「社会主義的政策への期待」の高まりを生んでいる。
この潮流は、単なる左派ポピュリズムではなく、生活の持続可能性を守るための「生存保障」の要求として理解されます。

2.「DSA(アメリカ民主社会主義者)」が若者に支持される理由
斎藤氏は、マムダニ勝利を「DSA躍進の象徴」と読み解きます。
若者が資本主義より社会主義を支持し始めている要因として、“努力しても報われない現実” を挙げている点が重要です。
・卒業に借金(学生ローン)
・卒業後も仕事は不安定
・ニューヨークの家賃は年々高騰
・中産階級にとっての「夢」の喪失
これは、アメリカ版の「ロスジェネ化」ともいえます。
斎藤氏は社会主義を“イデオロギー”ではなく、あくまで「生活保障の実用的政策」として描くことで、政治イメージを刷新しています。

3. 富裕層課税と「逃げるのでは?」問題
富裕層への増税に対してよく出る懸念「金持ちは逃げる」は非常に定番の論争テーマです。
ここで斎藤氏が引用している「富裕層はそんなに簡単に移住しない」(コーネル大学研究)は、学術的にも重要なエビデンスです。
理由は:
・家や資産を多数保有
・子どもを良い学校・クラブに通わせている
・地域に社会的ネットワークが存在
つまり、富裕層は“流動性の高い存在”ではなく、むしろ固定化したローカルエリートである。
また、「治安・教育・公共衛生が良くなるなら富裕層にもメリット」という視点は、左派・右派の対立を乗り越える興味深いポイントです。

4. 民主党執行部の“極中道(エキストリームセンター)”という概念
ここが斎藤氏の最も鋭い分析であり、強い批判精神が宿っています。
「極中道=中道を装いながら、実際には格差を放置してきた支配的立場」
中道は本来 “穏健” を意味するはずなのに、現代アメリカ政治では
・右派ポピュリズムを批判
・左派ポピュリズムも批判
・資本主義体制の構造改革は拒否
という、実はもっとも現実から遊離した硬直的な立場として描かれています。
斎藤氏が指摘するのは、民主党の“中道主義”こそが現在の格差社会を温存してきたという手厳しい批判です。

5.「左派ポピュリズムこそ、労働者階級を取り戻す道」
ここが斎藤氏の主張の核心であり、最も肯定的に評価できるポイントです。

彼は、「大胆な再分配政策こそトランプ支持の労働者階級を民主党に呼び戻す」と述べています。
これは、
・2016~2024の米大統領選の分析
・サンダース現象
・ラテン系・黒人労働者の動向
などと整合性がある非常に強い視点です。
また、「ポピュリズム=悪」という固定観念を疑い、生活に直結した政策を提案する政治 をポピュリズムの積極的側面として再解釈している点に、斎藤氏らしい社会哲学的アプローチがあります。

6. 感想
まず強く感じるのは、「民主社会主義」への支持というより、「普通に暮らしたい」という当たり前の願いが政治を動かしているということでした。

家賃、学費、保育、交通――どれも「ぜいたく」ではなく、都市で生きるための最低限の条件です。
そこに手を付けず、「市場競争」と「自己責任」の名のもとに放置してきた結果として、トランプ右派ポピュリズムと、マムダニ左派ポピュリズムが対峙する今がある、という斎藤氏の読みは、日本で暮らす私たちにもどこか他人事ではない印象を与えます。

また、日本の文脈で考えると、「極中道」の指摘は特に刺さります。
右か左かのイデオロギー論争を恐れるあまり、格差・貧困・住宅・教育などの構造問題に、大胆な処方箋を出せない――そうした「無難さ」が、かえって人々を政治から遠ざけているのではないか、と考えさせられました。

最後に、富裕層課税の議論をめぐって、実証研究や「Patriotic Millionaires(国を愛する富豪たち)《自分たちからもっと税金を取れ!》」のような動きを紹介しながら、「『出ていくぞ』という脅しに怯えて身動きが取れなくなるよりも、社会全体の暮らしやすさをどう高めるか、という方向で勇気を持って議論しよう」というメッセージを匂わせている点も印象的でした。

マムダニ氏の勝利だけで、すべての問題が解決するわけではないでしょうし、ニューヨーク特有の条件も多く、同じ路線が他地域で通用するかには慎重な検討が必要です。

それでもなお、「普通の暮らし」が政治の中心テーマとして再び据えられ、そこから新しい左派政治が立ち上がりつつある――斎藤氏は、その一瞬をうまく切り取って見せてくれている、と感じました。