「米中首脳会談で関税めぐる緊張緩和 中国企業の受け止めは」建畠一勇(広州支局長) ラジオ番組『マイあさ!』ワールドリポート (NHK) を聞いて
2025年11月19日に放送されたラジオ番組。『マイあさ!』ワールドリポート「米中首脳会談で関税めぐる緊張緩和 中国企業の受け止めは」建畠一勇(広州支局長)を聞きました。

1.「安堵」と「不安」が同時に漂う企業心理
会談で「追加関税の引き上げが一時停止される」方針が打ち出されたことで、一見すると米中摩擦の火は小さくなったように見えます。
しかし、中国企業はその背後に“いつ再燃してもおかしくない”構造的対立を見ています。
たとえば:
・会談内容が「恒久的な合意」ではなく、明確に“暫定措置”であること
・米大統領選や議会動向など、政治の変化で政策が急転する可能性
・技術・安全保障領域での根深い対立は未解消のまま
つまり企業側は、「今回は嵐が一時的に止んだだけ」と冷静に受け止めている。
この“二重の心理”を丁寧に描き出した点が、建畠記者のリポートの強みです。
2. リスク分散としての「輸出多角化」戦略の実像
コーヒーメーカーの例に象徴されるように、中国企業はアメリカ依存からの脱却を急速に進めています。
・アメリカ向け輸出が7割 → 欧州市場へ販路を開拓
・生産ラインを東南アジアに移転
・コスト削減・管理体制の効率化
これは単なる市場変更ではなく、企業の生存戦略そのものです。
興味深いのは、中国企業が欧州やASEANへ「アメリカの代替市場」としてではなく“第二・第三の柱”として継続的に育てる構えを見せていること。
これはサプライチェーンの再構築(再編)という、より根本的な戦略転換を示唆しています。
3. 現実には「アメリカ離れ」が容易ではない
リポートの後半では、数字を使った冷静な指摘が光りました。
・アメリカ向け輸出は減少
・それを補うはずのヨーロッパ・東南アジアの伸びが不足
・結果として、中国の輸出全体が八ヶ月ぶりに減少
これは、中国企業の多角化戦略が「まだ過渡期にある」ことを浮き彫りにします。
アメリカ市場の規模・購買力・ブランド価値は依然として魅力的で、完全撤退は現実的ではない。
だからこそ企業は:
・アメリカ向けの最低限の輸出は維持
・他地域との複数市場体制を構築
・“再燃する米中摩擦”を想定して備える
という「二重構造の経営」を選ばざるを得ないのです。

4.感想
このリポートの特筆すべき点は、“政治イベントの結果だけ”に注目せず、その余波が企業にどう波及しているかを立体的に描いたことにあります。
特に良かったのは以下の点です。
・政治的合意の影響を語るとき、政府声明や専門家コメントに終始しがちです。
・しかし建畠記者は、広州の企業経営者や工場担当者の声を拾い上げ、“経済の最前線がどう動いているか”を生き生きと伝えています。
これは、国際報道として非常に価値が高いポイントです。
今回の会談は、表面上の緊張を和らげました。
しかし、その下にある地殻変動は収まっていない。
この構造的視点を強調したことで、報道としての深度が一段高くなっています。
このリポートを聞いて強く感じたのは、米中対立がもはや単なる二国間の政治問題ではなく、世界の企業戦略を根底から再編しているということです。
中国企業が欧州や東南アジアに市場を広げ、アメリカ依存から脱却しようとする姿は、まさに「多極化する世界経済」の縮図です。
同時に、政治の動きに一喜一憂せず、地道にリスク管理を続ける企業のしたたかさ、粘り強さにも感銘を受けました。
今回の会談は一時的な“安堵”をもたらしましたが、それよりも重要なのは、企業がすでに未来に備えて“生き延びる力”を鍛え始めているという事実です。
その変化を最前線から伝えた建畠記者の視点は鋭く、国際経済の潮流をつかむうえで非常に有益なリポートだったと思います。

