「ロンドン公演を終えて」 吉田都(新国立劇場バレエ団芸術監督) ラジオ番組「マイあさ!」サタデーエッセー (NHK) を聞いて
2025年10月25日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」サタデーエッセー「ロンドン公演を終えて」 吉田都(新国立劇場バレエ団芸術監督)を聞きました。

1.内容の核心と構成の美しさ
このエッセーは、「帰還」と「成熟」という二つのテーマを軸に展開しています。
吉田都さんがプリンシパルとして活躍したロイヤル・オペラ・ハウスに、今度は日本の芸術監督として団を率いて帰る——その構図自体が非常に象徴的です。
単なる海外公演の報告ではなく、「日本のバレエ団が世界に立つ瞬間」「芸術の国際対話」という文脈が感じられます。
構成面でも、
渡航前の高揚感、
現地での緊張と安堵、
舞台上での変化、
そして観客との交流による成長
という流れが明快で、まるで一つの舞台作品を観るような起承転結のある語りになっています。
2. 芸術監督としてのリーダーシップ分析
吉田監督の発言には、「現場で鍛える」哲学が貫かれています。
「何回リハーサルを重ねるより、1回の本番なんです」という言葉は、経験主義と即興性を重視する英国バレエの文化をよく理解したうえでの発言です。
日本的な「完璧主義」や「指示待ち体質」に風穴を開け、「本番の中でしか磨けない表現力」を若い団員たちに体得させているのが印象的です。
特に、「日本のダンサーは、こうしなさいと言われるのが好き」という自己分析を交えながら、そこから「自分で感じ、演じる」方向への転換を促している点に、教育者・指導者としての成熟が見えます。
これは単なる技術的な指導ではなく、「芸術的自立」を促すリーダーシップです。
3. 観客との相互作用の描写
公演中の観客の反応を、
「花占いのシーンで笑いが起き、突き落とされる場面で『残酷な!』という声が上がる」と細やかに描いている箇所は、非常に生き生きとしています。
ここで注目すべきは、観客の反応が演者の表現を拡張する触媒となっている点です。
観客が“共演者”となるこの構図は、舞台芸術の理想的な形であり、ロンドンという文化土壌の中で、日本のダンサーたちが初めて「ライブアートの手応え」を感じた瞬間と言えるでしょう。
この経験を通じて、吉田監督は「日本では出てこなかったものが出てきた」と語ります。
つまり、異文化環境が内なる表現を解放する契機となったのです。

4. 感想
このエッセーの魅力は、成功報告にとどまらず、「挑戦のプロセス」を誠実に描いている点にあります。
海外公演という華やかな舞台裏でのプレッシャー、不安、団員たちの変化を、過剰な演出なしに率直に語ることで、読者・聴取者にリアリティと共感をもたらしています。
また、吉田都さんの言葉には、「芸術とは訓練ではなく、対話である」という信念が感じられます。
それは、ロンドンの観客と交わした“無言の対話”の中に最も明確に表れています。
彼女の語りは、「日本的勤勉さ」と「西洋的即興性」を架橋する新しい芸術観を示しており、新国立劇場バレエ団が国際的に成熟したカンパニーへと脱皮する節目を象徴する内容でした。

