「アジアで進む経済統合と日本に期待される戦略」白井さゆり(慶應義塾大学教授) ラジオ番組『マイあさ!』マイ!Biz (NHK) を聞いて
2025年11月17日に放送されたラジオ番組『マイあさ!』マイ!Biz「アジアで進む経済統合と日本に期待される戦略」白井さゆり(慶應義塾大学教授)を聞きました。

1.米中対立がもたらした「偶発的なアジア統合の加速」
白井氏は、トランプ政権の関税政策が単なる保護主義ではなく、アジア域内の生産ネットワークの再構築を促したという視点を提示しています。
・中国企業は関税回避のためにASEANへ大量に移転
・ベトナムやカンボジアなどはサプライチェーンの新拠点へ
・結果としてアジア域内貿易が急拡大 → “域内循環型経済圏” の胎動
これは、単に「アメリカが関税を上げた」以上の地殻変動であり、白井氏が「歴史的転換点」と見ている点に深みがあります。
これまで外需(特に米国)依存だったアジアが、ついに自立的圏域を形成し始めたという認識が鋭いところです。
2. アジアの需要構造の変化:富裕層・中間層・若年層という「三重の市場力」
白井氏は、“なぜアジアが自立成長できるのか” を人口構造と所得構造の観点から説明しています。
・中国の富裕層の爆発的増加
・ASEANの中間層急拡大
・インドや中東を含むアジアの若い労働力
これをまとめると、アジアは「世界最大の生産地」であり、同時に「世界最大の市場」へ変貌しつつあるということです。
番組での説明は非常にわかりやすく、「人口×所得×需要」という三要素が同時に膨らむアジアの強さを的確に描き出しています。
3. デジタル統合の急進:QRコード相互利用が象徴する“境界の消失”
東南アジアで進む 共通QRコード規格の導入 は、実はアジア統合の象徴的現象です。
・自国アプリで他国でも決済
・中小企業の越境ECが一気に可能に
・旅行者が現地通貨を意識せず消費
・超低コストの送金網の確立
つまり、貨幣・決済という“国家の壁”が溶け始めているのです。
日本が遅れ気味のデジタル決済と比べると、アジア諸国のスピード感が際立ち、白井氏の指摘に説得力が宿ります。
「アジアは“技術後進地域”ではなく、“実用先進地域”になりつつある」という新しい認識を促してくれます。
4. 日本に求められるのは「基盤整備国家」としての貢献
白井氏の議論で最も重要なのは、日本の役割を 技術やルール形成の側面から位置づけ直した点です。
日本の強み、法制度、知財保護、データ管理の信頼性、安全性・品質基準の高さ、透明性を重視する企業文化であり、これらはアジア諸国から極めて信頼されています。
白井氏はここで、日本は“製造する国”から“信頼を輸出する国”へという新しい役割を担えると示唆しており、非常に現実的かつ前向きな分析です。

5. 経済協調と安全保障の「二本立て」での戦略が必要
安全保障では日米同盟が軸だが、経済では アジアと共に成長する戦略へ舵を切るべき という主張はきわめてバランスが取れています。
特に次の分野は、日本がすでに経験と技術を持ち、アジアの発展に貢献できる分野です。
・グリーン(水素、再エネ、電池)
・デジタル貿易・越境データ
・物流の効率化
・インフラ整備
・人材育成(技術研修、生産管理ノウハウ)
白井氏の話は、日本外交・産業政策にとって明確な「方向性」を与える内容でした。
6. 感想
この番組は、単なる数字の羅列でなく、「アジアは何に向かって変わっているか」を立体的に描いていました。
特に印象的だった点は以下の3つです。
・アジアが自立的成長へ移行した”という静かなパラダイム転換の指摘
・デジタル決済”を起点に国境が溶けていく感覚の鮮やかな描写
・日本の信用資産を国際規格づくりに活かす”という建設的な提案
どれも、未来志向でありながら具体性があり、経済の構造変化を直感的に理解させてくれるものでした。
悲観論に陥りがちな日本論に対し、具体的な強み(法、信頼、品質)を示して前向きな展望を示した点は非常に評価できます。
白井氏の話は、「アジア=成長市場」「日本=衰退」という単純な構図を超えて、「アジアの成長の質」はすでに高度化しており、「日本はその質の向上を支える“制度的な兄貴分”になり得るという、新しくて希望の持てる視点を与えてくれます。
