「トラを見つめ続ける写真家・山田耕煕さん」 ちきゅうラジオ(NHK) を聞いて
2025年9月28日に放送されたラジオ番組 ちきゅうラジオ トラを見つめ続ける写真家・山田耕煕さんを聞きました。

1.絶滅危惧という現実の数字の重み
山田耕煕さんの語りは、まず「数字」で始まります。
現在、世界のトラの個体数はわずか約4000頭。
125年前(1900年)には10万頭存在していたという記録から、96%もの減少が起きたという事実は、言葉を超えた衝撃を与えます。
これは単なる生態学的データではなく、「人間の経済活動の影」と「文明の進歩の代償」を映す鏡でもあります。
2. インド・ランタンボール国立公園の希望
番組の中心で描かれるのは、インドのランタンボール国立公園です。
東京23区の2倍という広大な面積を持ち、ここが「トラと人間の共存の実験場」になっています。
観光収入が、トラ保護のためのウォーターボール設置やレンジャー教育、密猟対策に充てられるという循環型の仕組みが紹介されます。
さらにその収益の一部が貧困層の子どもたちの教育資金に使われている点は、非常に重要です。
山田さんは、単に動物写真家として自然を「記録」するだけでなく、地域社会の変容をも見つめていることが伝わります。
3. 保護と観光の「バランス」という現実的視点
一方で、山田さんは観光増加の弊害──ゴミ問題や環境負荷──にも言及します。
しかし、それを「観光悪玉論」として断じるのではなく、「バランスを取る議論が必要」と語る姿勢が印象的です。
この中庸的な視点は、感情的な保護運動ではなく、持続可能な自然保護の成熟した考え方を示しています。
4. トラの生態への理解と生態系再生の試み
トラは群れを作らず、1頭ごとに広大な縄張りを必要とする──この特徴ゆえに、国立公園ごとの収容限界(約70~80頭)が生じます。
このため、成獣となった子トラを他の保護区やかつての生息地へ再導入(再移送)するという取り組みが続いています。
つまり、トラの保護は単なる「守る」行為ではなく、生態系そのものの再建プロジェクトとして機能しているのです。

5. 感想
山田さんの活動は、単なる「自然写真家」の枠を超えています。
被写体を「見つめ続ける」という表現には、観察と共感のあいだにある倫理的なまなざしが宿っています。
彼はトラを「被写体」としてではなく、一つの存在、一つの命として尊重する。
この姿勢こそ、現代の写真家が持つべき“倫理的リアリズム”といえるでしょう。
観光の増加による問題を認めつつも、それを完全否定しない柔らかい論調は、非常に成熟しています。
経済活動を敵視せず、それを保全と教育の資金源として循環させるという考え方は、「環境と経済の対立」を越える実践的な哲学です。
この番組が真に優れているのは、トラの物語を通して、人間社会のあり方──貧困、教育、開発、倫理──まで射程に入れている点です。
つまり「トラを守ること」は、「人間の未来を守ること」でもある。
山田さんの語りからは、自然保護を通じた人間回復のビジョンが感じられます。

