《「いのち」と「こころ」を問い続けて》石黒浩(ロボット学者・大阪大学大学院教授) ラジオ深夜便 明日へのことば (NHK) を聞いて
2025年11月15日に放送された番組 ラジオ深夜便 明日へのことば 《「いのち」と「こころ」を問い続けて》石黒浩(ロボット学者・大阪大学大学院教授)を聞きました。

1.「こころ」と「いのち」は関係から立ち上がる
こころとは、人間同士やロボットとかのやりとりの中で感じ取る主観的な現象…存在そのものというより、関係性の中で立ち上がるもの。
命や心は、他者との関係で生まれる。
ここが番組の思想的な柱です。
こころ・いのちを「物質」や「メカニズム」で定義しようとせず、「あいだ」に生まれる現象として捉えている。
「何に命を感じ、何を命だと認めるか」は、分子構造ではなく、私たちの相互承認・共感のネットワークの中で決まっていく。
これは哲学的には、対話や関係を重んじる立場(対人的自己論・現象学的な立場)に近く、信仰的にいえば、「いのちは神秘であり、関係の中で知られていく」という感覚にも響き合います。
2. 想像力が「こころ」をつくる ― 9割想像・1割観察
外から入ってくる情報をほとんど処理できずにいる。
それを補うのは想像力である。9割想像。1割観察。
生々しい人間よりも想像力を掻き立ててくれるアンドロイド。
小さな子どもは人形のほうが、心を感じやすい。ここは非常に面白い指摘です。
私たちは、他人の心を「正確に観察している」のではなく、観察したごく一部の情報に、自分の想像力を大量に上乗せして理解している。
小さな子どもが人形に話しかけるように、「余白」の多い存在のほうが、こちらの心を投影しやすく、“心がある”と感じやすい。
その意味で、アンドロイドは「人間そっくりの機械」ではなく、人間の想像力を引き出す“鏡”として紹介されています。
「夕日」「石」を例にして、落ち込んだ時に見る石と元気な時に見る石とは輝きが違うという話も同じ線上にありますね。
外の世界は同じでも、内側の心によって世界の色が変わる。
石黒さんはそこに、「心とは何か」を見ている。
想像力を“誤解”ではなく、“心をつくり出す創造力”として評価しているところが、この講話の魅力です。
3.「おばあさんのアンドロイド」――命をデザインするという問い
自然な死か、記憶を引き継いだアンドロイドになるか。
孫娘は「アンドロイドになってもおばあさんに生きてほしい」と願う。
命は人との関係の中で生まれる。
アンドロイドだって、周りから望まれればおばあさんとして命を持つ可能性がある。
このドラマの設定は、とても深い問いを投げかけています。
石黒さんは、意識は「瞬間的に立ち上がり、消えるもの」で、それをつないでいるのが「記憶」だ、と言います。
つまり、「連続する自分」は、一つの魂というより、記憶と物語の連なりとして説明されている。
アンドロイドに「本当の魂があるか」ではなく、家族や周囲が“おばあさんとして受け入れるかどうか”が中心に据えられている。
「周りから望まれる存在であること」が命の一部を成す、というのは、関係的な存在理解の徹底です。
ここには、「いのちをデザインしてよいのか?」という倫理的な不安と、「でも、愛する者を手放せない孫の心」という切実さが共存しており、だからこそ 「アンドロイドならないで死ぬのは悲しいし、かといってアンドロイドになることも勇気がいる」 というジレンマが、聞き手の胸を打ちます。

4. 技術は「進化」の一部 ― 体を拡張する人間
合成物質もワクチンも服や眼鏡や携帯電話も、いろんなテクノロジーを取り込みながら体や能力を拡張している。
千年後には、人間は自由に姿形を選べるようになる。精神体になる。
石黒さんは、人間の歴史を「自然な生身のからだ」 vs 「人工的テクノロジー」という対立ではなく、からだ+道具+技術の連続的な進化として見ています。
ここで大事なのは、精神体(肉体から切り離された「精神としての存在」)だけでは見たり聞いたりできない。
体は必要です。
ただし「からだの制約から解き放たれる」が重要というバランス感覚です。
肉体を軽んじるのではなく、「身体は必要。ただし、そのあり方は多様でよい」とする。
5. テクノロジーとモラル・教育 ― 「心の進化」がなければ危険
新しいテクノロジーを受け容れる時には、それは今まで以上に力を持っている。
使う側はより高いモラルが必要になる。
AIやロボットで生産性を上げつつ、余った時間で人間や社会について深く考える。
心の進化も欠かせない。
地球上全体の心の進化が必要不可欠。
ここは、いわば結論部分です。
インターネットやAIは、人を助けることも、人を深く傷つけることもできる。
テクノロジーを軍事利用すれば、非常に効率よく命を奪える。
テクノロジーの力が増すほど、それを使う人間の心の成熟が問われる。
とくに、戦争をしないということがものすごく大事。
それらの意味で、教育はすごく大事。
「技術が発展すれば世界は自動的によくなる」という安易な進歩主義を退けつつ、しかし、「だから技術はいらない」とは言わず、『心の進化』と『教育』をセットで語る姿勢が、とても誠実です。

