「苔(こけ)は語る」大石善隆(福井県立大学教授) ラジオ深夜便 ▽深夜便アーカイブス【花・自然シリーズアンコール】(NHK) を聞いて

2025年11月13日に放送された番組「ラジオ深夜便 ▽深夜便アーカイブス」【花・自然シリーズアンコール】「苔(こけ)は語る」大石善隆(福井県立大学教授)を聞きました。

1.苔の「語り」としての機能
苔が「語る」という表現は詩的であると同時に、非常に科学的な観察に基づいています。
苔はただの地面の覆いではなく、大気汚染、湿度の変化、生態系の健全性といった「環境の声」を可視化する存在です。
例えば、PM2.5の蓄積や空気中の湿度の変化を苔の様子から読み取れるという指摘は、苔が「環境センサー」であることを示しています。

2. 気候変動と都市環境の変化
京都での苔の減少は、ヒートアイランド現象と霧の減少に密接に関わっています。
特に、1960年代に30回あった霧が今では「年間ゼロ」になっているという話は、気候変動が微細な生態系にも及ぼす影響を強く物語っています。
これは一つの地域的データですが、地球規模の環境変化の“足音”として受け取ることも可能です。

3. 西芳寺(苔寺)の歴史的エピソード
西芳寺が白砂の庭から、荒廃と自然の流入によって「苔寺」となった歴史は、文化と自然の融合の象徴的なエピソードです。
「わびさび」の風景が人の意図を超えて生まれたという視点は、日本文化における自然観の奥深さを教えてくれます。
また、130種もの苔が共生していることも、湿度・地形・水の流れといった複合的な要因による生物多様性の豊かさを証明しています。

4. 苔と動物、森林生態系との関係
鹿の食害が苔を直接狙わないこと、そして間接的に苔の減少をもたらすこと(森の乾燥化→倒木減少→苔の消失)は、食物連鎖だけでなく「環境連鎖」の仕組みを丁寧に描いています。苔はただ湿った場所に生えているだけではなく、次の世代の樹木の“ゆりかご”として機能しているという視点も非常に重要です。

5. 苔の抗菌性と種子保護機能
苔の抗菌性により、倒木に落ちた種子が細菌から守られ、高確率で発芽するという事実は驚きです。
苔は静かな存在でありながら、「生まれる場」を整える重要なエージェントであるという新たな理解をもたらしてくれます。

6. 感想
この番組は、苔という身近でありながら見落とされがちな存在に、科学・歴史・文化・哲学的なまなざしを織り交ぜて深く迫っており、そのバランスが見事です。
とりわけ大石教授の語り口には、専門的な知識と一般向けの優しさが同居しており、「聞き手の自然観を変える力」があります。

また、この番組を聞いて、苔に対する印象が一変しました。
苔は静かな存在ですが、自然の移ろい、都市の変化、地球規模の気候危機までもが、その小さな身体に記録されているのです。

特に、「倒木の上で苔が生え、その苔が次の木を育てるゆりかごになる」という話には感動を覚えました。
これはまるで、自然が“未来を育てるための設計図”を静かに用意しているかのようです。

また、西芳寺の庭が「荒れた」ことで美しくなったという逆説的な歴史は、人間が自然を完全にコントロールしようとすることへの警鐘にも聞こえました。
むしろ、自然の「お任せ」にしてこそ、美しい風景が生まれるのだと感じました。