「服購入費半減の衝撃」久我尚子(ニッセイ基礎研究所上席研究員) ラジオ番組「マイあさ!」マイ!Biz (NHK) を聞いて
2025年10月30日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」マイ!Biz「服購入費半減の衝撃」久我尚子(ニッセイ基礎研究所上席研究員)を聞きました。

1.家計調査から見える「服の意味の変化」
1991年の平均支出6671円から、2024年の3336円へ。
単なる数字の半減以上に、この減少は「服=自己表現」から「服=生活必需品」への価値転換を示しています。
80年代の「ブランド志向・流行志向」の時代から、2000年代以降の「ファストファッション」「フリマアプリ」「レンタル」へと、服の所有の意味が根底から変化した点を、久我さんは丁寧に追っています。
ここで注目すべきは、「単価の低下」と「点数の減少」が同時に起きている点です。
つまり“安くなったから買う量が増えた”のではなく、“安くなっても買わなくなった”という行動変容が起きている。
これは日本人の消費意識が「モノ」から「コト(体験)」へ確実に移行している証拠と言えます。
2.「体験=自己表現」へのシフト
番組後半の「どんな服を着たか」より「どんな体験をしたか」が重要になる、という指摘は非常に的を射ています。
SNS文化や推し活の広がりによって、若者の“ファッション”は服そのものより、行動や感性の表出の手段へと変化しました。
言い換えれば、「服を着る」ことから「世界とつながる」ことへ、消費の目的がシフトしているのです。
久我さんの分析は、この時代の社会心理を精確に掴んでいます。特に「コスパ・タイパ」というキーワードは、単なる経済用語ではなく、“時間と経験の有限性”を自覚した世代の新しい価値観として提示されています。
3.「量より質」「所有より循環」への展望
久我さんが最後に強調した「所有より循環」「量より質」という言葉には、経済論を超えた倫理的・文化的含意があります。
服を“日用品”として消費してきた社会が、今度は“資源として循環させる”段階に移行している。
この視点は、単なるサスティナブルの流行語ではなく、「社会の成熟度」を測る指標として説得力を持っています。
百貨店衰退やスーツ市場の縮小といった現象も、悲観的に捉えるのではなく、新しい産業構造(リユース、サブスク、デジタル販売など)への転換期と見ると、むしろ創造的な転機といえるでしょう。

4. 感想
社会変化を“数字”と“文化”の両面から解読した点が秀逸。
単なる経済指標の紹介ではなく、「服の意味の変容」を通じて日本人のライフスタイルの変化を浮かび上がらせている。
「体験消費」や「自己表現の転換」を、やさしく日常語で語った構成が見事。
専門的な経済分析でありながら、聴き手が自分の生活を振り返れる親近感がある。
未来への希望的視座がある。
“服が日用品になった”という事実を否定せず、その中に“質を選ぶ成熟”や“循環型社会への歩み”を見出しており、消費縮小を「衰退」ではなく「進化」として描いているのが魅力的です。
「買って終わり」ではなく、「必要なときだけ」「必要な分だけ」。
レンタルやリユースを通じて、環境にも優しい選択をすることが、これからの“おしゃれ”であり、“知的なライフスタイル”なのだと思います。
同時に、「どれだけたくさん持っているか」ではなく、「自分に似合う一着とどう出会うか」に価値を置く時代へと進んでいることにも共感します。
ここには“量より質”、“没個性より自分らしさ”を求める静かな革新があるのです。
