《「奪い合いの世界」から脱するために》岩尾 俊兵(慶應義塾大学商学部准教授) ラジオ番組「マイあさ!」マイ!Biz(NHK) を聞いて
2025年10月22日に放送されたラジオ番組 「マイあさ!」マイ!Biz《「奪い合いの世界」から脱するために》岩尾 俊兵(慶應義塾大学商学部准教授)を聞きました。

1.「価値有限思考」から「価値無限思考」への転換
岩尾氏は、現代社会に根強くある「奪い合いの論理」を、「価値有限思考」に根ざしたものとして批判しています。
すなわち、「価値あるものは限られていて、それを誰かが持っていれば自分には回ってこない」という、ゼロサム的な見方です。
この考え方が、排除の論理や競争の激化を生み、「誰かが悪い」と断じてスケープゴート化する風潮を助長することへの警鐘を鳴らしています。
それに対して提唱されるのが「価値無限思考」です。
価値は“既にある”のではなく、“つくり出すもの”であり、その創造には他者との協働が不可欠であるという立場です。
この転換は、現代の経営学やイノベーション論に通じる極めて建設的なアプローチです。
2. 欲望の「2段階変換」モデル
岩尾氏のユニークな理論展開として、「欲望の2段階変換」があります。
第1段階:「奪う」→「つくる」
他人から奪って満足を得るのではなく、自分で価値を創造する。
第2段階:「利己」→「利他」
自分のためだけでなく、他者も幸せにできるような願望へと昇華させる。
この2つの変換を通じて、欲望は単なるエゴから「ビジョン(構想)」へと進化します。
このプロセスは、倫理的な成熟や、社会的価値の創出に不可欠な思考の深化を示しており、教育や組織開発の現場においても応用可能な洞察といえるでしょう。
3. 実例の活用による普遍性の提示
たとえば、「楽したい→楽な仕事をつくる→皆を楽にする技術を生み出す」という変換や、「優勝したい→いいプレーをする→皆が応援する」という例は、極めて日常的で共感しやすい。
「自分の快楽」や「自己実現」が、いかにして「共感」や「共創」に変わるかが、具体的にイメージできる点が印象的です。
このように、個人的な動機を社会的意義へと昇華させるモデルを提示したことで、多くのリスナーが「自分にもできそうだ」と思えるような希望を抱いたのではないでしょうか。

4. 感想
岩尾氏の語りは、分断やヘイト、そして資源の奪い合いが日常化する社会において、「他者と協働して価値を生み出す」という未来志向の道筋を示すものでした。
とりわけ、「奪い合い」ではなく「つくり合い」へという発想の転換は、教育、福祉、ビジネスなどあらゆる領域に波及可能なアイデアです。
一見理想主義のようでいて、実際の人間心理と社会行動に即した「使える思想」となっている点が、岩尾氏の知的貢献の核心でしょう。
これからの時代に必要なのは、単に対立を回避することではなく、他者との関係の中で、自分自身の願望をよりよい形に変えていける力である――そのような洞察を、やさしい語り口で伝えてくれたことに深い感謝を覚えます。
岩尾俊兵氏の「価値有限思考から価値無限思考へ」という提案は、分断社会における知的で倫理的な処方箋です。
人々の欲望に寄り添いながら、それを利他と共創へと導くこの2段階変換の思想は、教育現場、ビジネス、政治、地域づくりなど、多くの分野で活用可能な実践的哲学であり、多くの人の人生観にも影響を与えるポテンシャルを秘めています。
今後のさらなる展開に注目したいと思います。
