「挫折を乗り越えて」千住真理子(バイオリニスト) ラジオ番組『マイあさ!』サンデーエッセー(NHK) を聞いて
2025年10月19日に放送されたラジオ番組 『マイあさ!』サンデーエッセー「挫折を乗り越えて」千住真理子(バイオリニスト)を聞きました。

千住真理子さんのサンデーエッセー「挫折を乗り越えて」は、音楽家としての才能の物語であると同時に、人間の成長と再生の物語でもあります。
内容は、12歳で天才少女としてデビューし、過酷な練習と重圧の中で心身ともに追い詰められ、20歳でバイオリンをやめるまでの「栄光と崩壊」、そしてホスピスの出会いを通して再び音楽に向き合い、7年の空白を経て復活する「沈黙と再生」のドラマで構成されています。
この流れは、宗教的ともいえる「受難→救い→再生」の構造をもち、聴く人に深いカタルシスを与えます。
1.才能と努力の輝き
12歳から20歳までの彼女の姿は、「天才」と呼ばれる裏にある徹底した自己鍛錬と親子の支えが描かれています。
筋肉痛に湿布を貼りながら14時間練習する描写には、芸術に捧げる純粋な情熱と犠牲がリアルに伝わります。
同時に、メディアの称賛「天才少女」という言葉が次第に重圧に変わり、才能と期待の狭間で崩れていく人間の心が丁寧に語られています。
2. 絶望からの再出発
20歳でバイオリンをやめる決断は、社会的に見れば「挫折」ですが、精神的には「解放」でもありました。
母親が「楽しいからやらせていたのに」と涙ながらに支える場面には、親の愛と、子の苦悩のすれ違いが象徴されています。
そしてホスピスで出会ったファンとの再会が、彼女に「音楽とは人と人をつなぐ温かいもの」という真の意味を気づかせます。
この瞬間は、技術中心の音楽から魂の音楽への転換点として、極めて象徴的です。
3. 沈黙の7年間と復活
復帰を目指しても「ステージでは弾けない」という葛藤は、単なる演奏技術の問題ではなく、自己信頼の再構築という心理的な闘いでした。
「七年目に突然すべての感覚が戻る」という場面は、宗教的な「恩寵」の瞬間を思わせます。
彼女が「神様が許してくれたのか」と感じるのは、音楽がもはや自己表現を超え、存在の根源と結びつく祈りのような行為になったことを意味しています。

4. 音楽と人生の哲学
終盤の「挫折を乗り越えて見えるものがあります。続けないと見ることができない景色があります。」という言葉は、単なる自己啓発ではなく、人生哲学の凝縮です。
千住さんの体験から生まれた「継続の美徳」は、結果ではなく過程そのものの尊さを示しています。
それは聴衆に対しても、「あなた自身の人生にも、続けた先の景色がある」と呼びかける共感のメッセージになっています。
5. 感想
千住真理子さんの語りは、技巧的な美辞麗句を避け、あくまで等身大の言葉で構成されています。
その率直さが、芸術の本質が「自己の真実を語ること」にあるという信念を感じさせます。
また、ホスピスでの体験を通して「音楽は癒しでもあり、他者との共感の言葉である」という理解に至る点は、芸術の倫理的・宗教的側面をも照らしています。
彼女の語りには、痛みを経た人だけが語れる透明な強さがあり、聴く者の心を深く揺さぶります。
あのホスピスの患者さんが教えてくれた「ありがとう」という言葉こそ、芸術の存在理由の核心を示しています。
それは“人の心を癒し、つなぐために音楽はある”という、普遍的な希望のメッセージでした。
