「イギリスから見た世界と日本」寺島実郎(日本総合研究所会長) ラジオ番組「マイあさ!」マイ!Bizを聞いて

2025年10月17日に放送されたラジオ番組 「マイあさ!」マイ!Biz「イギリスから見た世界と日本」寺島実郎(日本総合研究所会長)を聞きました。

1.経済順位の変動が示す「国力の構造転換」
寺島氏は、1964年の東京オリンピック後に日本がイギリスを、さらに1968年にはドイツを経済規模で抜いたことを引き合いに出し、そこから日本が「経済大国」として誇りをもって歩んできた軌跡を振り返ります。
それに対して、現在の日本は中国、ドイツ、インドに次々と抜かれ、近い将来イギリスにも抜かれ、世界第6位に転落する可能性があると警鐘を鳴らします。
特に購買力平価を基準にした円の実力(110〜120円)に対して現実の円安が4〜5割も進行しているという指摘は、名目値に惑わされない“実質的国力”の冷静な評価です。
ここには、「貨幣価値の裏にある産業構造の変質」という洞察があり、日本経済が単に円安で得をする構造ではなく、「輸入インフレ」「実質賃金低下」という副作用を内包していることを浮き彫りにしています。

2. 「イギリス型のしたたかさ」と「日本型の従順さ」
寺島氏は、イギリスが「アメリカの同盟国でありながら、自立した外交戦略を展開している」と指摘します。
パレスチナ国家の承認やTPPへの参加は、イギリスが世界秩序の中で新たな“主導権”を模索している表れです。
一方、日本は「アメリカ依存の延長線上」で生きており、外交カードを十分に使いこなせていない。
ここで氏が強調するのは、「イギリスのような外交的柔軟性と構想力」を日本が学ぶべきという提言です。
この比較は、日本の現状批判であると同時に、イギリスを「現代の知恵のモデル」として捉える積極的視点でもあります。

3. 政治と社会の「乖離」の指摘
「上部構造と下部構造のギャップ」「格差と貧困の拡大」は、イギリスと日本に共通する課題として描かれています。
これは単なる政治批判ではなく、“既存の政党政治が国民の意識を吸収できなくなっている”という社会構造の問題です。
この部分には、グローバル化とデジタル化の進展の中で、「民主主義の形式」と「民意の実質」のズレが広がるという深い社会分析が含まれています。

4.「アジアと欧州の連携」という新しい軸
番組の後半で寺島氏は、日本が「アメリカ一辺倒」から脱却し、イギリスやEU、ASEANなど多極的な連携を進めるべきだと説きます。
ここには、戦後の“依存構造”を超えた新しい「国際的自立国家」像が見えます。
イギリスがEU離脱後も新しい秩序を構想しているように、日本も“地域的な中核”としてアジアの安定に寄与する道を探るべきだ、という思想的主張です。

5. 感想
寺島氏の語りは、数字を通して“文明の成熟度”を語るような広がりがあります。
単に「GDPが抜かれる」という話を「国の誇り」「社会の持続性」「外交の構想力」へとつなげる展開は、経済論を超えた哲学的洞察です。
データの背後にある人間社会のエネルギーと精神性を問う姿勢は、まさに寺島氏らしい知的リアリズムといえます。

一般にイギリスは“衰退した帝国”と見られがちですが、寺島氏はその裏にある外交的巧妙さを評価しています。
「したたか」という言葉を肯定的に用いることで、現代国家が持つべき戦略的知恵を提示している点が非常に印象的です。
日本にとっても、これは単なる“模倣”ではなく、「知的外交国家」としての方向性を示唆するものでしょう。

また、イギリスのポンドの信認と比較した円の弱体化という分析は、「円安=輸出に有利」という表層的な認識に一石を投じ、為替の本質を再考させる貴重な視点でした。

寺島実郎氏の語りは、冷静なデータ分析に裏打ちされつつも、情熱と危機感を伴っています。
それは単なる評論ではなく、「このままではいけない」というメッセージ性の強い警鐘でもありました。
日本が今後、自律的かつ創造的に外交・経済政策を構想する上で、こうした視点は羅針盤としての価値を持ちます。