「職場の摩擦ではない!“子持ちサマ”という名の労働問題」佐藤一磨(拓殖大学教授) ラジオ番組「マイあさ!」けさの“聞きたい”(NHK) を聞いて
2025年10月15日に放送されたラジオ番組「マイあさ!」けさの“聞きたい”「職場の摩擦ではない!“子持ちサマ”という名の労働問題」佐藤一磨(拓殖大学教授)を聞きました。

1.「子持ちサマ」という言葉の背景と意味の転化
「子持ちサマ」という言葉は、インターネット発のスラングでありながら、いまや社会の働き方や価値観のねじれを象徴する言葉となっています。
もともとは「子育てを理由に他者に負担をかける人」への皮肉でしたが、佐藤教授はこれを単なる感情論ではなく労働構造上の問題として分析しています。
つまり、「摩擦」ではなく「構造的ひずみ」——育児と労働の両立を支える制度と現場のギャップ——が問題の本質だと位置づけた点が、極めて的確です。
2. データに基づく問題の可視化
佐藤教授が示した全国規模の調査(4599社・1万6750人対象)は、この議論に説得力を与えています。
とりわけ、
育児が原因の人手不足:全体で21.3%、大企業では31.1%
女性社員比率が高い企業ほど人手不足が顕著(33.5%)
という数字は、「支援制度が充実しているほど現場負担が増す」という逆説的な現象を浮かび上がらせています。
この結果は、「制度設計の善意」が「運用上の不公平」に転化してしまう現実を如実に示しています。
3. 構造的格差と“お互い様”の崩壊
「お互い様」から「子持ちサマ」へ。
この言い換えは、世代構成の変化(子育て世帯が16.6%に減少)と連動しています。
社会的マジョリティが変化したことで、「子育て」は特別な事情として扱われやすくなり、共感よりも距離感が広がっている。
佐藤教授は、この心理的変化を社会の成熟ではなく分断としてとらえる鋭い視点を提示しています。
4. 男女・婚姻状況別の職場負担の違い
教授の分析では、未婚女性・既婚男性など属性別に「仕事満足度への影響」が精緻に示されています。
特に、未婚女性ではすべての満足度指標がマイナス
既婚男性では5項目がマイナス(管理職による調整負担)
という結果は、「子育ての有無」だけでなく「性別・立場による間接的負担」の存在を明らかにしています。
この多面的視点は、ジェンダー平等や労働分配の議論にもつながる重要な観点です。

5. 提案された解決策の現実性
教授の提言は、理念的ではなく実務的・制度的なアプローチとして優れています。
短期的な欠員補充の仕組み整備
テレワーク・時差勤務の推進
業務分担の再設計と属人化の回避
いずれも「現場の疲弊を防ぐ仕組みづくり」であり、単なる共感訴求ではなく、持続可能な労働環境設計への道筋を示しています。
6. 感想
佐藤教授の発言は、感情的な「子育て vs 非子育て」論を超え、現代日本の労働構造に潜む“ケアの分断”を社会問題として可視化した点で高く評価できます。
この議論は単なるジェンダー問題ではなく、「支える社会」から「分断する社会」への移行をどう食い止めるかという文明的課題を提起しているとも言えます。
特に印象的なのは、「子持ちサマ」という言葉の背後にある“沈黙の不満”を正面から取り上げつつ、誰かを非難するのではなく、制度の再構築によって摩擦を共感に変える道を探っている点です。
教授の語り口は冷静でありながら、社会的使命感がにじみ、聴く者に「これは自分の職場の話だ」と気づかせる力を持っています。
この放送は、労働・福祉・教育という日本社会の根幹を支えるテーマを、わずか数十分で非常に整理された形で提示していました。
「子持ちサマ」という皮肉な言葉を起点にしつつも、最終的には「どう支え合う社会を再構築するか」という希望の方向へ導いている点に温かさを感じます。

