「70歳からの生き方のヒント」楠木新(作家) ラジオ深夜便(NHK)を聞いて

2025年10月14日に放送された番組 ラジオ深夜便「70歳からの生き方のヒント」楠木新(作家)(NHK) を聞きました。

1.「喪失」から「いま在るもの」への視点転換
楠木氏が繰り返し強調するのは、「失ったものではなく、今あるものに目を向ける」という姿勢です。
これは加齢による喪失(健康・地位・仲間など)を“否定せず受け止め”、その上で感謝や関心を「現前する日常」に向け直すという、実存的な成熟の哲学を感じさせます。
この考え方は、仏教的な「足るを知る」にも通じ、老いを「欠落」ではなく「充足の再発見」としてとらえる点に深い含蓄があります。

2. 「関係の寿命」―人間関係の質を問う新しい視点
「人間関係寿命」という独自の表現は、老いを「身体的・経済的衰え」ではなく、「つながりの希薄化」として見つめ直す洞察です。
夫婦関係・友人関係・地域関係を「忌憚なく話せる関係」として再構築することの重要性が説かれます。
特に、「別居していても仲が良い」「SNSで関係を広げる」という柔軟な捉え方が印象的で、“つながりのかたち”を固定観念に縛られず拡張する知恵が感じられます。

3.「仕事・趣味・ボランティア」という三本柱の再構築
楠木氏は「生涯現役」と「居場所発見」を対として語ります。
仕事・趣味・ボランティアはいずれも「社会との接点」であり、それを「収入」「楽しみ」「奉仕」という異なる軸で再構築することで、多層的な自己実現のバランスを提案しています。
とくに「趣味を謝礼や交通費がもらえるレベルにする」という発想は、遊びと労働の境界を曖昧にし、「やりがいと自己効力感を保つ老い方」の具体例として秀逸です。
また、ボランティアを単なる善行ではなく、「会社員としての延長線ではない、新しい立ち位置」として提示している点が興味深いです。
交通指導や学童支援など、社会との“対話”を含んだ行為としてのボランティアは、自己肯定感の再構築にもつながります。

4.「学び」の場における人との再接続
高齢者大学やクラブ活動の「学び」も、知識そのものより「仲間づくり」の意義が強調されます。
昼休みの食堂での会話や街歩きなど、知の場を「社交の場」として再発見する知恵が光ります。
これは「知識の更新」よりも「関係の更新」が幸福感を支えることを示す社会心理学的な視点でもあります。

5.「ええことメモ」―ポジティブな自己再教育
毎日一つ「ええことメモ」を書くという提案は、心理学でいう“ポジティブ日記法”に通じます。
小さな幸福を意識化し、継続することで、「自己観察」から「自己受容」へと移る心の習慣を形成します。
これは単なる自己啓発ではなく、感謝と気づきを習慣化する「内省的リハビリ」のような効果を持ち、心の筋トレといえるものです。

6.感想
楠木新氏の語りは、加齢を「終わりの段階」ではなく、「もう一つの始まり」として捉える優しさに満ちています。
特に印象的なのは、老いを「孤独」と「自由」の両義的な時間として扱うバランス感覚です。

「楽しそうにしていることが大事」「顔つきが大事」という言葉には、外見の明るさの背後にある“心の柔軟性”への信頼がにじみます。

氏の語り口は決して抽象的でなく、誰もが実践できる小さな行動のヒントで構成されています。
SNS・ボランティア・趣味・日記など、現代社会に即した多様なツールを提示しながら、「70歳からの生き方」を“知恵のネットワーク化”として再構築している点が素晴らしいです。

また、彼のメッセージは単に高齢者への助言ではなく、「人間の成熟」そのものへのガイドラインとして普遍性を持っています。
「3日坊主でもいい」「うまくいかなくて当たり前」という言葉には、完璧主義を超えた“人間らしさへの赦し”が感じられ、聴く者の心を温かく包みます。