「上海協力機構開発銀行設立の背景」下村直人(中国総局 記者) ラジオ番組『マイあさ!』ワールドリポート(NHK)を聞いて
2025年10月13日に放送されたラジオ番組 『マイあさ!』ワールドリポート「上海協力機構開発銀行設立の背景」下村直人(中国総局 記者) を聞きました。

1.上海協力機構(SCO)の成り立ちと地政学的意義
2001年、中国とロシアの主導によって設立された「上海協力機構(SCO)」は、当初は安全保障協力を目的としていましたが、現在では経済・文化・エネルギーなど、多面的な枠組みへと拡大しています。
加盟国にはインド、イラン、カザフスタンなどの新興国が並び、世界GDPの約2割を占める規模を有しています。
この枠組みは、西側中心の国際秩序に対する「多極化の象徴」としての側面があり、国際金融体制の再編を狙う動きの一部でもあります。
2. 開発銀行設立の狙い:経済的自立と人民元圏の形成
新たに設立される「上海協力機構開発銀行」は、加盟国のインフラ整備やエネルギー開発などを支援するための資金供給源として構想されています。
注目すべきは、人民元建て融資を想定している点で、これはドル依存からの脱却を意味します。
ロシアがウクライナ侵攻以降、ドル決済網(SWIFT)から締め出されている中で、人民元の決済ネットワークを活用する取引が急増しているという現実も、この銀行設立を後押ししていると言えます。
人民元の利用拡大は、中国主導の経済圏形成を加速させる戦略的な一手です。
3. 背景にある「アメリカ第一主義」への反発
番組で指摘された通り、トランプ政権以降のアメリカの「国際協調離れ」は、多くの新興国に不信感を与えました。
この空白を埋める形で、中国が「代替的な国際秩序」を提示している点は重要です。
一帯一路構想と並行して、今回の開発銀行設立は「通貨・金融・物流の三位一体的支配」の試みと見ることもできます。
4. 限界と課題:人民元の国際信認
ただし専門家の指摘にもあるように、人民元がすぐにドルを凌駕する可能性は低いと考えられます。
その理由は、
為替管理が厳格で市場の透明性が低い
政策決定に政治リスクが伴う
法制度が不透明である
といった「信認の壁」にあります。
しかし一方で、資源国・新興国が人民元を「ドル以外の選択肢」として認識し始めたことは、国際金融秩序の漸進的変化を象徴しています。

5. 感想
この報道の優れている点は、単に「新銀行設立」というニュースの枠を超え、国際政治経済の構造的変化を背景から読み解いた点にあります。
とくに、
中国とロシアが描く「非ドル圏構想」の戦略性、
トランプ的ナショナリズムがもたらした国際秩序の再編、
人民元の国際的台頭とその限界、
これらを短い放送時間の中でバランスよく紹介しており、構成の緊張感が見事です。
NHKのワールドリポートらしく、感情的批判や賛美に偏らず、「現実の変化を冷静に見つめる姿勢」が際立っていました。
聴く者に、ドル中心体制の持続可能性や、通貨が政治とどれほど深く結びついているかを考えさせます。
