マイあさ! 著者からの手紙「斜め論―空間の病理学」を聞いて
2025年8月10日に放送されたラジオ番組 マイあさ! 著者からの手紙「斜め論―空間の病理学」を聞きました。

この放送で提示された「斜め論」は、精神医療や心理的ケアにおけるアプローチの方向性を、
①垂直(縦):心の奥深くを掘り下げる、過去の記憶やトラウマに迫る方法
②水平(横):人と人とのつながりを使い、対話や共有の場で関係性を築く方法
③斜め:両者のバランスを取る方法
の3つで整理し、バランスの重要性を提案していました。
- 垂直方向の強みと限界
強み:深層心理や過去の出来事にアプローチできるため、根源的な原因に触れられる。
限界:特にトラウマを持つ人にとっては、過去を掘り返すことが苦痛や再傷つきを引き起こす危険性がある。
このため、依存症や深い心的外傷を抱えるケースでは、過度な垂直掘りは治療を逆効果にする可能性がある。
2. 水平方向の強みと限界
強み:安心感と平等性を提供する。自助グループや「オープンダイアローグ」のような場では、相互の経験共有が回復を促す。
限界:全員が平等であるがゆえに、突出や創造的な試みが抑えられ、全体が均質化する危険がある(「出る杭は打たれる」現象)。
3.水平の副作用に対する実装ルール
①“突出の非固定化”:誰かが強く語った回の功績や役割を次回に持ち越さない。
毎回ゼロ基準で輪を開始。
②“弱い声の可視化”:発言順のローテーション、1人あたりの時間上限、沈黙の権利を明文化。
③“内的対話の余白”:セッション内に小休止や1分マインドブレイクを挟み、語りが外から内に沈む余地を確保。
4. 斜め方向の意義
定義:垂直と水平の中間。必要に応じて深掘りも行うが、過剰にならないようにしつつ、横のつながりによる支えを保つ。
実践例:水平的な対話の場で、人の話から連想して一時的に垂直方向の内省に入る(例:父親の話題を聞いて自分の父を思い出す)。
効果:安全で柔軟な回復プロセスを形成でき、均質化の弊害や過度な掘り下げのリスクを避けられる。

5. オープンダイアローグとの関連
薬や入院に頼らず、輪になって対話を続けるアプローチは水平性の典型。
しかし、参加者が語る内容が、聞き手の内面に垂直的な気づきをもたらす瞬間もあるため、自然に「斜め」的効果が生まれる。
6. “斜め”が機能するメカニズム
①媒介する第三の立ち位置:当事者と専門家または当事者同士の“間”に立つファシリテーター・同伴者・ピアが、「安全なズレ」をつくる。
これが過去へのアクセス(垂直)と、今ここでの支え(水平)の往復運動を可能にする。
②リズムの設計:掘る→いったん平場にリセット→再び浅く掘る、の周期運動。
回復を“連続的な対話の波”として扱う。
③多声性(ポリフォニー):一人の語りに他者の語りが重なり、他者の話が自分の内的対話を呼び起こす。
開かれた水平性が、結果として健やかな垂直性(内観)を促す。
感想(所感)
“斜め”は比喩ではなく設計概念だと感じました。
深さ(垂直)か広さ(水平)かの選択ではなく、両者をどの角度で混ぜるかという運営の技術に話を降ろしている点がすばらしい。
特に「突出の非固定化」「毎回平場に戻す」というルール化は、日本社会の“横の強さ”への自覚的カウンターとして有効。
一方で、実践には繊細な場感覚が要る。語りの熱が上がったときこそ、いったん“斜面をゆるめる”勇気が求められる。
オープンダイアローグの示唆と合わせて、回復を“角度とリズムのマネジメント”として捉える視点は、臨床だけでなく、学校・職場・教会など、あらゆる共同体で活きるはずです。