海外マイあさだより(アメリカ)「山の中のミュージカル」を聞いて
2025年8月10日に放送されたラジオ番組 海外マイあさだより(アメリカ)「山の中のミュージカル」を聞きました。

まず一言で言うと、これは典型的なサマーストック(夏季興行)の姿です。
短い夏・季節移住者・小規模だが熱量の高い劇場・プロと若手の混成チーム・高速回転の演目。
すべてが噛み合って、山間の町に“手の届くブロードウェイ”が期間限定で立ち上がります。
1) スノーバードが担う観客基盤
冬は南(フロリダ等)、夏は北へ戻るリタイア層が、時間と可処分所得、そして文化消費の習慣を持ち込みます。
これが小劇場の安定需要を下支え。夏の間だけ人口が倍増する季節性は、観光だけでなく定期的な“文化巡礼”の様相です。
2) 気候と地理がつくる「文化の密度」
北緯43度、標高高め=夏は短い。この季節の希少性が、イベントの集中と観客の動機づけを生む(「今行かなきゃ終わる」)。
短期決戦ゆえに、町全体の文化エネルギー密度が上がるのがポイント。
3) 納屋改装の200席——「距離の近さ」が武器
納屋(バーン)を改装したバーン・シアターは、舞台と客席の物理距離が短い。
ここでは歌・台詞・息遣いが直に届き、観客の集中力が自然に高まる。豪華な装置より、俳優の身体と音楽の力が前面に出ます。料金を抑えられるのも強み。
4) 2週間ごとの演目替え=職人技を鍛える工房
ミュージカルを2〜3.5時間級で回すのは相当タイト。
短期で仕上げ、すぐ次作へ。
これは工房(アトリエ)型”の制作で、俳優・演出・オーケストラ・舞台スタッフすべてに段取り力と引き出しの多さを要求します。
観客側もリピート鑑賞の楽しみが生まれる。

5) ベテラン×インターン=教育と興行の二兎取り
ブロードウェイ級の実務を、大学生ら15名のインターンが現場で学ぶ。
ベテランの“型”と現場基準が伝承され、同時に興行側は人手と新鮮さを得る。
つまりこの劇場は、上演・教育・地域貢献の三位一体モデルになっているわけです。
6) 幅広いレパートリー設計の意味
シリアス、コメディ、ファミリー、ミステリー——客層の広さに合わせたメニューづくり。
短い季節で最大限の裾野を拾うための合理性があり、若手にとっても多様な役柄を短期間で経験できるカリキュラムになっている。
7) 小さな町の経済循環
手頃なチケットは量で捌く発想。シーズン中の滞在者が宿・飲食・交通を動かし、劇場は地域の中核装置になる。
寄付やスポンサーといったフィランソロピー文化も、このモデルでは重要な裏方です。
8) “山の上のブロードウェイ”がもたらす体験価値
大都市の巨大ホールでは味わえない、「目の前で物語が立ち上がる」感覚。
とくにミュージカルは、歌と群舞で共同体の気分を一体化させます。
短い夏に、町ぐるみの祝祭が定着していく——そんな風景が浮かびます。
感想
番組の描写から伝わるのは、「季節が劇場を呼び寄せる」という逆説的な面白さです。
都会の常設文化ではなく、夏だけ現れる仮設の都。
そこでプロと若手が混じり合い、観客も“今この瞬間”に立ち会う共同体の一員になる。
派手さよりも近さと息づかいで押す、山の中のミュージカル。
その密度と即興性に、舞台芸術の原点を見る思いがしました。
短い夏へ向けて全員で全力疾走する——その季節の切なさまで含めて、忘れがたい文化装置だと思います。