クリムト 《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》の魅力    クリムト・黄金にきらめくエロス(NHK)を見て

クリムト 《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》の魅力    クリムト・黄金にきらめくエロス(NHK)を見て

2009年8月13日に放送された「クリムト・黄金にきらめくエロス」(NHK)を見ました。

クリムトの《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》(1907年)は、「黄金様式」の最高傑作として知られています。

クリムトが金を使うことには単なる装飾以上の意味があります。金は腐食せず、永遠性・神聖性・超現実性を象徴する素材であり、中世の聖画やビザンチン美術と同様に、この絵に神聖なオーラを与えています。

彼の金の表現には、輝き、つや、ぼかし、絹のような光沢といった多彩な技術が駆使されており、それは彼の出自──金細工師の息子としての背景──に根ざしています。

彼にとって金とは「描く」だけでなく「彫る」「飾る」といった工芸的なアプローチを通じて、聖性と装飾性を融合させるものだったのです。

アデーレ・ブロッホ=バウアーは実在の女性で、当時のウィーンの社交界の中心にいた人物です。

しかしクリムトの描くアデーレは単なる肖像画を超えて、神殿に祀られた偶像のような存在となっています。

幾何学的装飾と金の洪水が彼女の身体と一体化し、アデーレという個人は神秘的な存在へと変容します。

目元の哀しげな表情や手を重ねる仕草は、官能と孤独の入り混じった「愛の叫び」を感じさせ、人間でありながら神聖なベールをまとう聖女のようにも見えます。

背景の金箔や装飾文様には明確にビザンチン美術の影響が見られますが、加えて日本美術の影響も屏風の金地、川の輪郭、幾何学模様の使い方など随所に感じられます。

《アデーレ》には無数の細部が存在し、それぞれが意味や様式の断片を宿しています。

眼のモチーフや螺旋、幾何学的なタイル状の文様などは、単なる外面的な豪華さというよりも、精神的な豊かさや多層的な意味を持つ“精神の装飾”であることを示しています。

《アデーレ》を見て最も印象に残るのは、「静けさの中に渦巻く情熱」です。

金による眩い輝きと静謐な表情の対比が、世紀末ウィーンの美意識──退廃と官能、永遠と儚さ──を象徴しています。

彼女の眼差しは何かを訴えかけるようでありながら、完全には語られません。

それがこの絵に「見るたびに違った感情を呼び起こす」奥行きを与えています。