ラジオ番組 マイあさ! Biz「トランプ関税政策は“脱成長”なのか?」を聞いて
2025年5月16日に放送されたラジオ番組 マイ!Biz「トランプ関税政策は“脱成長”なのか?」(放送局:NHK)を聞きました。
この番組で非常に興味深いのは、斎藤浩平氏が提唱する「脱成長」という考え方と、トランプ氏の関税政策が一見似ているようでいて、実は本質的にまったく異なる方向性を持っているという指摘です。

斎藤氏の「脱成長」は、資本主義の過剰な成長主義に警鐘を鳴らし、地球環境の限界と社会の不平等に対処するために「持続可能性」や「幸福」「平等」といった価値を重視する新しい経済観です。
これは、全人類の共存と環境保全を目指すものであり、単なる成長の抑制ではなく、価値の転換を求めるビジョンに満ちています。
トランプ氏の関税政策は、「アメリカ・ファースト」を掲げて安い輸入品を制限し、国内生産の復活や雇用増を目的としています。
しかしながら、関税によって輸入品が高くなることで、消費財の価格全体が上昇します。これは低所得層に直接的な打撃を与え、生活費の増大につながります。
また、部品や原材料の多くが国際的に流通している中で、関税はサプライチェーンの分断を引き起こし、生産コストの増加と企業の投資抑制により製造業の競争力を下げかねません。
一時的な保護であっても、イノベーションや再教育が伴わなければ、安定した高付加価値の雇用は生まれにくく、むしろ低賃金労働への依存が続きます。
これらはすべて、「保護主義が長期的に産業の競争力を損なう」という歴史的パターン(例:1930年代スムート・ホーリー関税法)と一致しており、構造改革を伴わない関税政策の限界を端的に示しています。

ハーバード大学などへの公的補助金削減は、エリート主義批判の文脈で語られることが多いですが、結果として再エネ、AI、脱炭素技術の基盤となる研究の弱体化を招きます。
気候変動問題に対する関心の低さは、再生可能エネルギーや脱炭素のインフラ整備に遅れをもたらし、グリーン成長に逆行する姿勢といえます。
つまり、トランプ氏の政策は、未来の産業や技術の担い手を育てるどころか、短期的な国益や選挙戦略を優先して、長期的な持続可能性を損なっていると考えられます。
再エネ、AI、脱炭素といった「次世代の成長エンジン」を支える基礎研究を軽視することは、長期的に国家の競争力を弱めます。
「気候変動否定」「科学軽視」の姿勢は、「共通の未来への責任」よりも、政治的分断と短期的ポピュリズムを優先していることの表れです。
移民排除政策も、経済的・倫理的な観点から「持続可能な社会」とは対極にあります。
アメリカの農業・建設業・介護など多くの現場は移民労働者に支えられています。移民を制限すれば、人手不足やコスト増につながり、結果として市民生活にも悪影響を与えます。
持続可能な社会とは、多様性と包摂性を前提とした構造です。しかしトランプ政権は、「排除と自己保身」に基づいた政策が多く、社会の連帯や共生を阻害してしまいます。

トランプ氏の関税政策は「国内産業を守る」と主張してはいるものの、実際には未来の持続可能性を担保する知的基盤を弱体化させ、科学的知見を軽視し、さらに社会の多様性を否定する方向に進んでいるという点で、「脱成長」の理念とは大きく異なり、むしろ不平等と不安定を増大させる方向に働いていると分析できます。
このような点から、「脱成長」を単に「成長をやめること」ではなく、「成長一辺倒の社会の価値観を問い直し、持続可能で平等な未来を構築すること」として理解することの重要性が伝わってきました。
最後に、この番組を通して、経済政策の評価は単なる数字や成長率ではなく、「誰のための政策なのか」「どのような未来を目指しているのか」といった視点からも考える必要があるという深い示唆を受けました。